深夜2時過ぎ。ドアを開ける音がする。
「お邪魔しま〜す」
呟くような声が聞こえる。
迎えに出ようかとも思ったが、眠いからパス。
隣の部屋からは探るような気配を感じる。
「木村ぁ?」
電気もつけず、暗い中探してるらしい。
「なんだ、いないのか」
独り言が聞こえてくる。
寝室のドアに手が掛かる。
目が慣れるまで何も見えないのだろう。立ち止まっているのがこっちからは見える。
さて、どんな反応をするだろうか。
「いるじゃん」
「・・・・・・」
「寝てんの?」
話しかけてるとも、ひとり言ともどちらとでも取れる小さな声。
慎重な口調は甘えてるようにも聞こえ、機嫌のいい印だ。
自分の元に来るまで後もう少し。
「なあ。木村」
とうとう枕元まで来て顔をのぞきこむ。
よしっ!
一気に手を伸ばし、中居の体制を崩す。
見事に俺の上に落ちてきた中居は、目をまん丸にしていたが、少年のような笑顔を見せた。
とても、31歳、もうすぐ32歳になるとは思えない。
「起きてんじゃん!」
「おかえり!」
「なんだよ」
少し膨れた顔を作った方と思うと、また10歳は若く見える顔になり、
「寝技!」
とかなんとか言って、俺を押さえつけてくる。
疲れているかと思いきや、ファーストクラスで12時間以上寝て、すっかり元気らしい。
俺は眠いんですけど・・・
「ちょっと、中居、苦しい!」
「生で見て来たんだもん!押さえ込み!」
時差ぼけで思いっきり元気な31歳、精神年齢小学生。
嬉しそうに挑んでくる。
「ほんと、凄かったぜ〜!一瞬で決まるの。しかも、一回押さえられたら全然動けないの!迫力あってさ!」
「で、中居は、男子何キロ級?57キロ級くらいになったの?」
中居の顔が一瞬固まる。その隙に体勢をひっくり返す。
「隙あり、だな。」
「でさ、野球がさ・・・」
この話題の変え方にはいつもびっくりする。どこが27時間テレビ司会者なんだ?
でも、ここで深追いせず、次の話題に乗ってやることが機嫌を悪くしないコツ。
ベッドの上、俺の足元に転がりながら、嬉々として喋っている。
やべ〜子守唄に聞こえてきた。ここで、寝たら明日の朝は無視されること決定だな。
「な?木村聞いてる?」
「ん」
顔を覗き込まれてるのは分かるが、目が開かない。
「そっか、眠いよな。俺、シャワー浴びてくるから、木村、寝な」
「ん」
かなり機嫌が良いらしい、お許しをいただけた。
シャワーに行く中居の鼻歌、数分後に部屋に戻ってきたいい香り。
それを感じながらの眠りは心地よかった。
中居はどこで寝るだろう?そんなことを一瞬考えたが、次の瞬間には眠りの世界に引き込まれていて・・・
朝、足元にうずくまってる姿を見たときは驚いた。大げさに言うなら「飛び上がるほど」
なにか暖かいものがベッドの上にあることには気付いていたが、まさかそれが小さく丸まった中居だったとは。
ちゃんと寝かせてやらなかったことを後悔するが、その思いに反して、中居は気持ちよさそうに眠っていた。
当然だが、疲れも感じさせる寝顔をみて、足音を忍ばせて部屋を出る。
ギリギリまで寝かせておこうかと思ったが、意外にも朝ごはんのにおいに誘われたのか、部屋からふらふらと出てきた。
「おはよう。」
「ん〜はよ。」
「早いじゃん」
「うん。時差ぼけってやつ?今日夜まで仕事なのに。」
「でも、あの後すぐ寝たんだろ?だったら、4,5時間寝てるから平気だろ。」
「ちょっと、木村の寝顔見てたけどね。なーんてね。」
「!!」
一瞬にして顔が火照ったのが自分でも分かって余計に焦る。
「朝飯♪朝飯ぃ〜♪やっぱ白いご飯だよな。」
中居はそんな俺を面白そうに見たあと、相変わらず上機嫌でキッチンに入って行く。
両手にはお茶碗。
「はい、あなた。」
そんなことを言っては、楽しそうに笑っている。どうしたんだ?こいつ。
アテネってそんなに刺激的なのか?オリンピックの興奮か?
ま、いいけど。
典型的な和食の朝食はお気に召したらしい。
きちんと手を合わせて俺が座るのを待ってる。
可愛すぎる!
本当にこれで明日32になるのかな?なんか間違ってないか?
つーか、可愛く見える俺も間違ってんだけど。
あ、ちょっと焦れてきた。その表情を見てすぐに席に着く。
「「いただきます」」
無事、機嫌を悪くする事なく食事を始められた。危ない、あぶない。
テレビをつけると、日本選手団の活躍。
「これも見たかったのになぁ」
「アテネで誕生日でもよかったのになぁ」
徐々に愚痴が出始める。
「でも、そしたら一緒にお祝いできないじゃん」
軽くそう言ってみる。
その言葉に中居はテレビから目を離し
「それもそうだな」
偽りのない笑顔を見せた。
やたらと素直になって帰ってきた中居。
いつまで続くか分からないが、やっぱり日本で誕生日を迎えてよかった、
そう思わせたい。
俺がそんなことを思っている前で、精神年齢小学生の31歳は、
テレビとご飯の間で目を行ったり来たりさせている。
全く・・・
「ヒロちゃん!!ご飯かテレビかどっちかにしなさい!!!」
ビクッ!
思いっきり驚いた中居は見事に箸から玉子焼きを落としていて笑えた。
少し伸びた前髪の下から恨めしげに見上げてきたが、
「テーブルの上だから平気だもんね」
と得意そうな顔をして拾って食べていた。
「降参」
心の中で呟いた。今年もこいつに振り回されること決定。
ま、それもいっか。ふっと軽く笑った自分に吾郎みたいな笑い方だったな、と思っていたら
「今の笑い方、吾郎みたい」
目の前から同じ事を言われた。
おかしくてしょうがない。
笑い出しそうになった俺は、次の瞬間とうとう噴出した。
「なんだよ!失礼だろ?人のCM見て噴出すって」
「だって、これ最高!」
ほっぺたを膨らましていた相手もとうとう一緒に笑い出した。
「お帰り、中居」
「ただいま、木村」
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