「5920」


ブルーからの召集。
暗号めいていて、その実単純明快な数字の羅列。
第三者に知られることを防ぐ、そんな防衛手段というよりは単に「打つのが面倒臭い」そんな理由からだろう。
苦々しい表情で小さな画面と対峙する奴の顔が目に浮かび、口元が緩むが、それも一瞬のことだった。
それまでに終わらせる事、準備することは山ほどある。





時間より少し早めに到着するともう他の四人は揃っていた。
同じ時間に同じ場所を目指すのは危険すぎる。敢えてずらして集まるのが暗黙の了解だ。
早く来た者の中には、食卓を共に囲んだ者もいるらしい。
もっと早く来れば良かったかと後悔の念が頭をもたげてきたのも束の間、五人揃ったことに気づいたブルーが纏う空気を換えた。


久しぶりの仕事だった。


声を張ろうとはしないブルーの声。
その声を拾おうとすると五人の距離は近くなる。
「密談」と言えば聞こえもいいが、思い思いの格好で引っ付きあい一人の話を聞く姿はそう褒められたものではなかった。

しかし、その距離にいたからこそ気づいた。
聞こえにくい声から、先の見えない話を読み取ろうとしていたからこそ気づいた。
隣に触れていた肩が微かに震えたことに。
けれど、まだその時は分かっていなかった。
仕事に対する緊張が彼の横顔を強張らせていたわけではなかったことを。










羨ましい。
そんな感情は知らなかった。
ただ憎かった。
幸せな家族を見る度に、楽しそうな笑顔を見る度に憎悪ばかりが募っていった。
「何故産んだ?」
「何故捨てた?」
空腹を感じる度に思った。
体を痛め付けられる度に思った。
悪に手を染める度に思った。
そんな感情は見苦しい。
そう思い始めたのはいつからだろう。
全てを引き換えに「諦め」を手に入れた。
そして僕は大人になった。










【無駄な干渉はしない】
それが第一ルール。
話したがらない事は聞かない。
これが鉄則。
だから、仕事中の姿以外ほとんど知らない事もある。
それでも、長く一緒にいれば知りたくない事を知る事もある。


「自分の子供一人育てられないで、何が『国民の皆さんのために』なんだろう。」
人通りの多い街中で、マイクを使って自分の考えをがなり立てる人がいた。
おそらく今、この国に住んでいるほとんどが知る人物。
温度の無い視線を、車の上に立つ人物に当てて呟かれた言葉。
聞き返してもいいものかどうか一瞬迷った。
それを汲み取ったのだろう。聞く前に言葉が付け加えられた。

「あれ、父親。」
「え?」
「らしいよ。」
「なんで?」
「さぁ。いわゆる『望まれない子供』ってやつだったんじゃない?」

怒りも悲しみも浮かばない整った無表情。
それでも真っ黒な瞳の持ち主が何を思っているか分からないわけはなかった。





BIRDMANは仲良しグループでもなければ、運命共同体でもない。
終身雇用制度の残る会社でもなければ、有志が集まったサークルでもない。
その全てに当てはまらず、しかし同時にその全てであった。

それぞれが、それぞれの事情と仕事を抱えてやってくる。
ブルーから仕事の概要を聞くと、手順を確認し、またばらばらに散った。
必要な時には連絡を取り、相談することも時にはあったが基本的には個人行動が多かった。
【無駄な干渉はしない】
このルールには続きがある。
【お互いに信頼し、裏切らない】
この続きの方が、いわば主文に当たるかもしれない。
しかし、専ら口にするのは前半ばかりだ。
【信頼し、裏切らない】
大の大人が五人集まって言うには甘酸っぱすぎた。
だから、この時、誰がどこで何をしていたかなんて知らない。
それぞれが、それぞれの方法でその日の為に準備をしていた筈だ。
どれだけ重要で有効な情報を手にしたか。
それは次に会った時、現場で分かればいい事だった。
だから、奴がいつどこで知ったのか分からない。
或いは、最初から気づいていたのかもしれない。


俺が気付いたのは本人を目の前にした時。
それまで一切気付かなかった。
ターゲットは違う人物の筈だった。
しかし、今、照準の先にいるのは、いつか二人で見た男。
思わず顔を上げると、ブルーがピンクに何か囁いた。

「いいんだ。すっきりするよ。」
「でもさ……。」

現場でなんて顔をしてるんだ。
そう怒鳴りたかったが憚られた。

「BIRDMANらしくもないね。」
「無理するな、ピンク。実の親だろ?」
「ブルー、どうしたの?」
ピンクが蔑んだような表情を見せた。
「俺を捨てた親だよ?一体俺のために何をした?何をしてくれた?産むだけ産んで、はい、さようなら。憎みこそすれ、懐かしんだことも無い。」

「やってやろうよ。」
言葉が口をついてでた。
ピンクの恨みを晴らしてやりたかった。
ブルーはそれでも迷いの色を浮かべていたが、当のピンクがブルーに背を向けた。

集中力が高まっていくのが、傍で見ていてもよく分かる。
ピンと張り詰めた空気。
それが頂点に達した時、あの男はもういない。

あと一歩。

しかし、後一歩及ばなかった。
ピンクの纏う空気が揺れて崩れた。
ピンクの指が震えていた。
引き金に当てられた指が戦いていた。
駆け寄り、その手に自分の手を重ねた。

「やめとけ!撤退だ!」
そこに響いたのはブルーの低い声。
「でも!」
「迷いがある中でやれば必ず失敗する。今ならまだ傷も少ない。取り返しの付かないことになる前に引き上げる!」










よみがえる思い出なんて何もなかった。
躊躇う理由なんてどこにもなかった。
それなのに
手が震え、照準を合わせることができなかった。

「あんなに憎んでたじゃん!なんでだよ!」
レッドが自分の事のように悔しがった。
全くだ。
もうこんなチャンスは無いかもしれないのに、何を躊躇しているんだ。

どうやって撤退したかは覚えていない。

イエローが気遣わしげにじっとこっちを伺っていた。
グリーンの目の奥には不満が見えていた。
レッドは苛々と鋭い視線を窓の外に向けていて、
ブルーは無表情に前を見ていた。

BIRDMANには珍しい失敗だった。
その名に泥を塗ってしまった僕は、いつか借りを返さなくてはいけないな、とぼんやり思った。










悔しかった。
失敗したのが悔しいのか、
憎い相手を殺せなかったのが悔しいのか、
好機を逃したピンクに苛立っているのか、自分でも分からなかった。
「お前が苛々してどうする。」
ブルーはやけに落ち着いていた。


ブルーの施した後処理は見事だった。
最大限痛手を少なくした去り際だった。
見事すぎるほどに。

「お前、知ってたのか?」
「…ああ。」
「どうして?」
「悪いな、お前とピンクの間だけの秘密にしておいてやれなくて。」
強く拳を握り締めた。
殴りかかりたい衝動を何とかして追いやった。
「知ってたんだよ、昔から。今回、もしかしてと思った。ちょっと調べたら、ピンクの父親が絡んでることはすぐに分かった。先に聞いたんだ、ピンクに。そしたら構わないって、参加したいって。」
「そりゃそうだろ。チャンスだったんだから。」
「あぁ、ピンクも同じように言っていたよ。でも俺は心配だった。失敗するんじゃないかって思ってた。だから退路は確保してたし余り深入りもしなかった。」

正しかった。
ブルーはいつだって冷静で正しかった。
でも、それが俺を余計に苛立たせた。

「レッド。」
「……。」
「レッド!」
「…あ?」
「ぼっとするな。今、俺が言った事、聞いてたか?ピンクに気をつけろといったんだ。」
「ピンクに?何で?あいつは裏切ったりなんかしないよ。」
「そりゃそうだ。裏切ったりなんかしない。逆だよ、逆。自分のせいでしくじったと思っているかもしれない。」










ずっと見ていなかったあの人を、もう一度一目見たいと思った。
愛情でも思慕でもなかった。
強いて言うなら、次に相対した時に、決して動揺しないように。

一度狙われたことで警備が強化されていることも知っていた。
反対勢力が勢いを増していることも知っていたし、また現れるかもしれないBIRDMANを捕らえようとする人が多くいることも知っていた。
みんな頭では分かっていた。
自分では危険を避け、用意を整えて行ったつもりだった。










ピンクがふらふらと出かけていった。
情にほだされる事も少なく、冷静さを失うことも少ない。
ブルーほどの冷徹さはなくても自分を常に客観視できる。
それがピンクだった。

熱に浮かされたような足取りで外に出ていくなど、到底考えられない行動だった。
BIRDMANとして生きている人間にとっては、それは自殺行為ともとれた。

その行き先は、いつかあの人を見た駅前の雑踏の中。
自分の意見を洋々と述べると、支持者の拍手に気をよくし、彼は人々と交わりあった。
そんな危険な行為、よくするな、と高みの見物を決め込んでいた目に飛び込んできたのは見慣れた細い体、薄い背中。

目の端を動いた黒い影。
放たれた弾丸はピンポイントで男と、そこに近づいていくピンクを目指していた。
どちらを狙っていたのかは分からない。
大切なのは一つの事実。
父が子に気付き庇ったと言う事。
それが、最初で最後の愛情だった。





血にまみれたピンクを俺らは黙って救出に行った。
「俺が殺したかったのに!!!」
ピンクの叫びが耳に深く突き刺さった。





愛情を示す機会を持たなかった父親。
その目に最後に映ったのは端の擦り切れた写真の中の赤ん坊が成長した姿。





雷を伴なった夕立がその場に流れた血を拭い去り、
そして、夏の到来を告げた。


新しい季節が、今、始まる。












2008.5.22UP
thanks to Yuko♪
友達にうまい具合に載せて頂き、聖奈初のBIRDMANです。
とにもかくにもタイトルに悩みました。
彼らの活躍についてはうまくかけそうにもないので、得意(?)の心理模様を描いてみました。