真紅の薔薇の花
大きな花束に金色のリボン
緩やかに弧を描くリボンは美しい手をも飾り立てる

古き時代のヨーロッパを思わせる街角で薔薇を手に待つ
憂いを帯びたその瞳が手元から届く芳しい香りに少し緩んだ
待ち人はまだ来ない
映し出されたのは綺麗な横顔、ではなく薔薇を持つその手





街を駆け抜けるクラシックカー
木漏れ日がハンドルに影を作る
その影が映し出された手
まっすぐに伸びた指がハンドルを優しく握る

美しい手を捉えた画面は持ち主の顔を映すことなく
遠景を映し始めた
助手席には、ただ真っ赤な薔薇
運転席に座るその顔はまだ見えない




ワイングラスがシャンデリアの光に輝きを増す
深いボルドー色は芳醇な香りを放つ
静かに添えられる手
ワインの色を写し取ったようなジャケットに真っ白なシャツ

大きく映し出されたその手の持ち主が徐々に画面に現れる
しかし、それは後姿
かろうじて横顔は見えても
ボルドーをめでるその瞳はこちらには向かない





ソファーに沈み込む体
目の前のローテーブルには小さな壜
カーテンのドレープを背景に壜の中身を探る指先
桜貝のようなほのかなピンク色をしたクリーム
丁寧に塗りこんだ手を目の前にかざす人

その時、とうとうカメラはその顔を映し出す
自分の手に見惚れる顔
満足そうに小さな笑みを湛えると、最後のその瞬間
瞳がじっとカメラを見据えた
そして、ふっと嫌味なくらい綺麗な笑みを一瞬見せると、美しい手がカメラに向かって差し出された



『この手で君を包みこみたい
もう傷つけたりしない』





BGM ベートーベン「悲愴第2楽章」















吾郎くんの新しいCMが決まった。
台本も既に出来上がり、本人も気に入っている。
でも、収録までの間、気をつけないといけないことが。
ほら。

「吾郎くん!」
「え?ああ」

新しいCMの商品はハンドクリームだ。
今まで男性が担当することがなかった商品だったこともあり、既に話題になっている。
本人も「美容に関心を持ってた甲斐があった」と喜び、収録に先駆けていただいたクリームを丹念に塗りこみ、お手入れに余念がない。
炊事・洗濯で荒れた手を対象とする商品ではなく、高級なイメージを狙っているという点でもこの仕事は吾郎くんを喜ばせた。
最近コミカルなCMが多かっただけに、喜びも大きい。

でも、彼の手にはたった一つだけ大きな欠点が・・・。

「ハンドクリームのCMなので、そんなに指先までは映しませんよ」
と担当者は言うけれど・・・。

「ちょっとの間、我慢してくださいね。」
「うん。そうだよね。」

意識的に手を組んだ彼は涼しい顔をしているけれど、ちょっとストレスがたまっているようだ。

「吾郎、お前、ハンドクリームのCMやるんだって?」
「うん、そうだよ。」
「さすが稲垣吾郎だな。」
「うん、まあね。」

中居くんの言葉はちょっとからかっているように聞こえるけれど、
吾郎くんは素直に笑顔を見せる。

「収録まで、爪、噛むなよ。」
「わかってるって。大丈夫だよ。」

余裕の表情を見せるけど、やっぱりこちらとしては心配で監視するように見てしまう。

「じゃあな。」
と行って立ち去る中居君の視線が一瞬強く僕に突き刺さった。
彼の目が言わんとしていることはわかりやすく伝わってきて、僕はそれに頷き返した。



「女の子みたいだよね」
といいながら、教えてもらったとおり、爪やすりでお手入れをする吾郎くんは少し寄り目になっている。
「こんな感じかな?」
と見せてくる爪は綺麗に弧を描いていて、このまま癖がなくなるといいのにな、とひそかに思う。

それでも無意識の行動を抑えるのは難しいらしく、知らず知らずのうちに手が動く。
いつもなら放っておくメンバーもCMの話を知ってからは、思い思いの方法で注意してくれる。

低く短く名前を呼び気づかせる中居君。
何も言わずに手を押さえる木村君。
「あ、吾郎さんダメだよ」と優しく注意する剛君。
スキンシップの一環のようにさりげなくやめさせる慎吾君。

僕は気を紛らわせるためにとチョコレートやガムを用意する。

ほら、今も。

「吾郎くん!」
「ん?ああ」

ちょっとイラッとした様子で、ぐっと手を握り締めているところにチョコレートを差し出す。

「ここの甘くなくて美味しいですよ。」
「じゃ、貰おうかな。ありがとう。」
「あと、もうちょっとですからね。」
「うん。僕もプロなんだし、子供じゃないんだから、気をつけないと」

頼もしい言葉は実行に移されたようで、一度描いた綺麗な弧は崩されることなく収録の日を迎えた。

ロケもあるため、一日では終わらず、CMにしては長い日時をかけることになりそうだ。












衣装に着替えて出てきた吾郎くんはボルドーのスーツがよく似合っている。
白いフリルつきのシャツがこんなに似合う男性は、タレントといえどもそうはいないんじゃないかと思う。
貴公子然としたその姿に、様子を見に来たチーフマネージャーが大きく息を吐く。

「似合いすぎて笑っちゃうわよね。」
「ですよね」

小道具である薔薇の花束を手渡され、顔を近づけ香る。

「あ、こういうカット欲しいねぇ」
とつぶやく監督には気づかずに、
「これはなんていう種類なんですか?凄く香りがいいですね。花の形も綺麗だし」
と吾郎くんは花束を準備するためにスタンバイしてくれているお花屋さんと話をしている。

「あの格好に薔薇。ファンの子、喜ぶわね」
「完璧ですよね」

なごやかな雰囲気の中、撮影は始まった。
都内でも古い西洋風に撮影できる場所には困らないらしい。
手のアップ。引きの映像。横顔。
背景を変え、角度を変え、丹念に何カットも取っていく。
CM用の映像、広告用の画像、ポスター用。何パターンにも及ぶ撮影が進められる。
しかし、監督のイメージどおりなのか、撮る人と撮られる人のイメージが一致しているからなのか、随分と快調に進んでいるように見える。

監督が満足そうに頷くと1シーン目の撮影は終わった。

ホテルへと移動し、また別のシーンを映す。

撮影が始まるまでの間、吾郎くんはワイングラスを優雅に回しながらくつろいでいる。テイスティングもさせてもらったらしい。
「こんなにいいワインを一人で飲むなんて寂しいだろうな。やっぱり一緒に飲む相手がいないとせっかくのワインも台無しだよね。たまには一人もいいけどさ。」

気の合う相手(ワイン)と一緒の撮影もスムーズに行われていった。

少し場所を変えて今から行われる撮影が今日の山場だろうと勝手に想像する。

監督が説明を始める。

「誰なのか、散々視聴者の気を焦らしておいて、とうとう顔が出てくるって場面だから、めちゃくちゃかっこよくね」
付けられた注文に吾郎くんが益々集中して世界に入っていくのが分かる。

「パーンアップした時に、手元を見てた視線を一気にカメラに持ってきて」
「はい」
「視線を回り道させないでね」
「はい。別に睨みつけるとかじゃなくて、ふと誰かの視線に気づく、っていう感じでいいですか?」
「そうそう。誰かって言うのはこの場合彼女だね。」
「ですよね。振られてしまったと思っていた彼女が来たことに気づいて、手を差し伸べるって感じですよね?」
「そうだね。ただ、実際そこにいるって言うよりも、」
「ああ、彼女はそこにはいないんだけども、彼女を幸せにする術を思いついて顔を上げたって感じですね。」
「そう。でも、手を差し伸べるときは、愛しい人へ向けるつもりでね。」
「振られて、僕のほうが下の立場かと思ってたのに、ここで形勢逆転ですね。」
「うん。これで、自分の方へ引き寄せちゃって。うん。ファンの子達、キャーキャー言うだろうね。」

監督の言葉に真剣な表情が少し緩む。
「僕の腕の見せどころか」
おどけた表情でそう付け足す。
「期待してるからね、吾郎くん」
「はい。あ、あと思ったんですけど。」
「何?」
「ジャケット着たまま、ハンドクリーム塗るって不自然ですよね?」
「あぁ・・・」
「上着脱いだ方がいいですか?」
「そうか、そうだね。ちょっとジャケットでキメてる絵が欲しかったんだけど」
「実際、この後、塗るシーン撮りますよね?このままでは塗りにくそうだな、って思ってるんですけど。」
「そうだねぇ・・・。家に戻ってきた設定だから、脱いでもいいか。じゃ、ちょっと脱いでみてくれる?」
「はい。ボタン外した方がいいですか?」
「うん。2つか3つ外せる?」

今までより緊張感を含んだ空気が現場を漂う。
1テイク目。
美しく綺麗な吾郎くんが撮れたように思う。
ただ、監督のイメージには少し優しすぎたようだ。

「いいね、いいよ。美しい。次はもうちょっと強気に行こうか。」
「もっと誘う感じですか?」
「うん。大胆に誘ってみて」

2テイク目。
色っぽく大人な吾郎くん。

「いいねぇ。やらしくていいよ。」
「やらしいですか。」
「うん。大人っぽくて、いいね。じゃ、次はちょっと可愛い感じ。」
「可愛い感じ?」
「うん、なんていうんだろう?こう・・・」
「ちょっといたずらな、というか。いい事思いついた!みたいな?」
「そうそう、小悪魔風で。」

3テイク目。
小悪魔風の吾郎くんはキュートに画面を飾った。

「これもいいけどね、どうしようかねぇ。」
監督の次の言葉をじっと待つその顔は真剣だった。
「もっと嫌味な感じにしてみようか?キザな感じで。」
「はい」
「こいつ、自分のかっこいい顔わかってるなぁ・・・って感じ」
監督の言葉に思わず笑う。
「最近、そういう表情での撮影あんまりないな」
と思っていたら、吾郎くんが同じことを言っていた。
「いかにも、稲垣吾郎って感じで行ってみようよ。」
「わかりました。」

4テイク目。
カットの声がかかった途端にスタッフの間から吐息が漏れ、歓声が上がった。
「よし!これで行こう。」

方向性が決まると、アップ・引き・角度を変えて、とまた何度も同じシーンを撮る。
同じように写真もポスター用・パンフレット用・雑誌用と何パターンも撮られる。
全く同じ顔をしてみたり、少し表情を変えてみたりと、吾郎くんも注文に答えて様々に変化していく。
商品CMのメインになるだけあって、ポスター撮りも簡単には終わらなかった。
立ったり座ったり、背景を変えたり何パターンも何10パターンも撮って、その日の撮影は終わった。

「おつかれさまでした」
「ありがとう。宮部君もおつかれさま。」
「あと1シーンですね。」
「明日、晴れないと困るね。」
「そうですね。」

疲れたのか無意識に口元へと行く手をじっと見つめる。

「あ」
言葉にしなくても気づいてくれたらしい。
「まだ明日も撮影だもんね。」
「気を抜かないで下さいね。」
「はぁい。」

いい仕事をした後の吾郎くんは機嫌がいい。



翌朝会った吾郎くんも機嫌よく、撮影で使う車を見て更にそのテンションは上がった。
「凄いねぇ。綺麗だなぁ。このラインとか美しいよね。」
買うと言い出しそうなテンションで話している。

運転していても気分がいいらしく、何度も繰り返し同じ道を走ることを厭う素振りは見せなかった。
助手席に真っ赤な薔薇を乗せて木漏れ日の中、駆け抜けた。


「はい、OKです」
「お疲れ様でした〜」

CMの最後に流れる言葉の収録がまだあるにはあったが、一旦終了といったところだ。
仕事を終え、満足そうな様子を見るのはマネージャー冥利に尽きる。

放送が始まるのが楽しみだ。

「かっこつけすぎ」と中居君が嫌そうな顔をし、
「いいじゃん、あれ」と木村君がさりげなさを装って褒め
「吾郎さんかっこいいよ」と剛君が声を大きくし
「さすが吾郎ちゃんだね」と慎吾君が肩を抱く様子が目に浮かぶ。















Rose Emulsion
貴方の大切な人のために















2007.10.15UP
thanks to ダブルY
お友達の「吾郎ちゃんにどんなCM(商品)やってほしい?」
の言葉が全ての始まりでした。
お友達と色々メッセ&メールしつつ考えてるうちにぐわ〜っと映像が頭の中に流れ込み、
BGMや商品名まで思いついてしまいました。
Emulsion=乳液が正しい意味なのですが、お気になさらずに・・・。