tempter



「ねぇ、お前、今日、吾郎といた?」
「え?なんで?いないけど。」




遅く帰ってきた木村に抱きしめられた。
木村からは女の匂いがした。
前にもこんなことがあった。
その時、木村は
「吾郎といたからじゃない?なんか入浴剤がどうのこうのって言ってたから。」
そう言った。
そのときはそれで納得した。確かに吾郎からは女みたいな匂いがよくするから。
それが「女みたいな」匂いなのか「女の」匂いなのかは俺にはわからないけど。

そして、今日の木村はあの時と同じ匂いがする。


許さない。
けど、
気づいたことには気づかせない。


木村の高めの体温をすぐ側で感じても俺の体はちっともあったまらなかった。










木村の携帯が鳴るたびに神経を尖らせる自分が嫌だった。
目線がきつくなっていたのだろうか。
木村がこっちを見て言った。
「福島君からだって。」
笑いながら言った。
「中居はやきもちやきだな。」


許さない。
けど、
このままだと気づいたことに気づかれてしまう。


普段自分がどう接していたかを思い出す。
「本当冷たいよな。」
「俺のこと、本当に好きなの?」
「中居は俺がいなくても全然平気そうだよな。」
木村が不満そうに漏らした言葉の数々。
俺がいなくても平気なのは本当は自分のくせに。






木村に持たされ、慣らされた携帯電話。
軽い筈のそれはポケットの中でその存在を訴えていた。
ほんの何グラムかしかない筈のそれは、それでも確かに煙草よりも重くて、鍵よりも大きかった。

「今日は行けない。」
画面に表示されたそっけない文字。
いつもやたら絵文字を多用する木村にしては珍しい。珍しすぎて疑いたくもなる。

「こっちも忙しい。」
別に何時でも一緒にいてほしいわけではない。
自分はそういうタイプではない。それにどうせ近い将来別れるんだ。
音を立ててディスプレイを閉じる。ガラスに映った自分の顔がやけに傷付いた顔をしていて腹が立った。










久しぶりに行った木村の家は俺であふれていた。
俺の好きなクッション、俺の好きなタオル、俺のための着替え、俺の服。
俺の好きな飲み物に俺の好きな焼酎、そして俺の好きな木村の料理。
嬉しくて悔しくてイラついて辛くて、それでも幸せで、この間のことはたまたまかと思った。
共演した女優さんの香りでもうつったのだろうと思った。思いかけた。


木村の口から出る「中居」の言葉。「ヒロ」になり「まぁ」になる熱い声。
自分だけが想われていると感じるには十分だった。
木村の熱にあたたまれる気がした。
なのに突然鳴り出した携帯。
俺の体温が一気に下がった。
聞き覚えのある着メロ。

何の確証もなかったけど気づいてしまった。
前からこの音はよく鳴っていた。
それまで怪しむこともなかった木村の態度が、今日ばかりはよそよそしく感じられた。


でも、気付いた事には気付かせない。


表情を変えずに酒にテレビに意識を集中させる。
「ごめん。」
戻ってきた木村に
「別に。」
と一言返す。
謝ったりなんていつもはしないくせに。




ただ唯一の存在でいたかった。
近くにいられればそれで良かったんだ。
なのに、俺を置いていこうとなんてするから。
許さない。
気付かない振りをして許さない。
振ってやる。振ってみせる。縋り付いたりなんかしない。綺麗さっぱり切り捨てる。

でなければ……離れられないようにしてやる。別れてなんかやらない。



だから、君を閉じ込めた。
SMAPという名の鳥籠に。
俺という名の餌をちらつかせて。



個人の仕事とグループでの仕事。そしてプライベート。
うまくバランスを取り出した木村は予想通りSMAPとしての活動に喜びと楽しみ、そして意義を感じ始めた。
外の人間にばかり向いていた目が中に向くようになり、メンバーとの距離も狭まっていくようだった。
いつでも飛び立てるように羽ばたきばかりを繰り返していたその羽はいつしか閉じられ、しっかりと足で地を踏みしめるようになった。

そして、俺はくっついたり離れたり、木村の執着心を煽った。
他人に目を向けさせるつもりなんてなかった。
逃げれば追う木村の性格を巧みに利用して誘導した。











そして今、君はここにいる。
俺の隣に。誰よりも近くに。
鳥籠の鍵も、もう必要ない。
離れられないのは俺じゃなくてお前。
勝ったのは俺。




なのに、あのときの恐怖がまだ忘れられない。
君を失いそうになった、あの恐怖が。



だから



手の中には鍵。
気付かれないように。
そっと。
何度も。



鍵をかける。












2006.12.4UP
暗めシリーズ第2弾(?)です。
お友達に言わせると、別に暗いわけではないらしいんですけど。
ちなみに、このタイトル、「誘惑者」という意味なのですが、
「The Tempter」と表記すると「Satan」つまり悪魔の意味になります。
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SMAPファンに55のお題
thanks to「Wish Garden」植木屋様
http://www.geocities.jp/wish_garden_new/odai/00.htm

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