上手なネクタイの結び方

黒いスーツに身を固める。イタリアの高級ブランドのそれは生地も仕立てもよく、
着ているだけで気持ちよく仕事ができる。白いシャツを合わせるのではなく、
ボルドーを持ってくるのが、これから訪れる季節に相応しくて、更に嬉しくなった。

スタジオに入ると、長い間探していたキャンドルが灯っていて自然に身のこなしも優雅になる。
つい、自分に酔ってしまうが、そんな自分も好きだから仕方がない。

なのに、
「な〜に、かっこつけてんだよ」
雰囲気をぶち壊してくれる声が聞こえた。同じ服装に身を包んだ彼が壁にもたれてこっちを睨む。
「ワインだ、女性だって何言ってんだよ。ネクタイも結べないくせに」
確かに手の中には丸められたネクタイが入っている。この人には言われたくなくて強がりを言った。
「できるよ!自分で結べるよ!」
「じゃあ、後で木村に頼むなよ」
意地悪そうに見遣ると去って行った。その先でもう一人、面白そうに見ている人がいた。

気分を害されて、でも困った事になったと思いながら、時計と鏡とにらめっこする。もうタイムオーバーだった。
周りに誰もいない事を確認して歩み寄る。
「木村拓哉さん。すみませんがやってもらえませんか。」
慇懃に頼むと、
「しょうがないな。早くできるようになれよ」
と言いつつ、少しも嫌そうな素ぶりを見せずに、衿に手をかける。
弟を見るようなその視線が嬉しくて、つい甘えてしまう。
心地よい空気に包まれたが、それも一瞬の事。
「やっぱ、やってもらってんじゃん!」
横から手が伸びた。
「中居だってできないくせに」
その手を離させながら言うのは、僕の味方をしてくれているのだと思ったけれど、
単にできると言い張る彼をからかいたかっただけなのかもしれない。
「ふ〜ん、こうやってやるんだ」
器用な彼なら見ているだけでできるようになるのかもしれない。
なんて考えていたら、ポンと肩を叩かれた。
「出来上がり」
集合場所に向けて手を引かれる。

「中居は?」
「さっき見てたから、もう自分でできる」
さっさと移動車に乗り込まれ、頼もしいお兄ちゃんは情けない声を出して、それを追う。
「こんなんだったら教えなきゃよかった。」
そんな独り言が聞こえてきた。
そんなかっこ悪い所も好きだよ。なんて思ってたらクルマのドアを閉める振りをされた。
「もう、やめてよ」
「さっさとしろよ」
「はいはい」
「「はいは一回」」
溜息を着く前に急いで車に乗り込んだ。

車内の鏡でチェックする。
髪型よし、メイクよし、そして、ネクタイよし。
やっぱり、木村君にやってもらうのが、一番綺麗に出来上がるんだよね。


上手なネクタイの結び方
@木村君に頼む
A衣装さんに頼む
B雑誌に載ってた方法で結ぶ