疲れて帰ってくる暗い部屋。
明かりもつけずに倒れこむ。
人の気配のない空間は大きくて、僕はその重さに潰されそうになる。
待っていてくれる人がいたのは、もう何年前だろうか。
外から見上げる窓からは、光が漏れていて、それがくすぐったかった。
嬉しさを隠し、わざとぞんざいな口を利いた。
でも、それも簡単に見破られた。


最後に作ってくれた料理は何だっただろう。
思い出そうとして目を閉じる。


部屋の明るさ。温まった空気。そして、二人の笑顔。笑い声。
次々と溢れ出る思い出は今の僕を切り裂くばかりで、肝心の最後の料理を思い出すまで耐えられなかった。
思わず目を開けてもそこは同じ黒の世界。
色もない、音もない。一人きりの世界。
一人きり。




そこに音が流れ出す。
思わず肩を震わせ、体が緊張する。しかし、聞きなれたその音にそれはすぐ解け、一瞬手が伸びる。
「びびってやんの。」 
が、電話に触れることなく、その手は床に下ろされた。聞きなれ、歌いなれ、好きだったはずのその曲。
しかしその音に僕が応える事は、もうない。
今も。これからも。
ただ、相手が自分を想っている事を確認する。
そして、自分がそれに応える事ができない事も。
幸せの中で感じる辛さ。喜びがあるだけに、苦しさは募る。
浮かれては裏切られ、それは治りかけた傷を、かさぶたをめくられるようだった。
そして、それはいつしか消えない痕へと変わる。
鳴り止まないその曲に息をつまらせる。
やっと終わった呼び出し音に安心しつつ、寂しさがよぎる。




ベッドにも辿り着けず、眠りに落ちる。
何度目が覚めても隣にぬくもりはない。
「どうした?」そう言って目に溜まった雫を拭ってくれる手もない。
勿論、知らずにベッドの上にいる事もなく、浅い眠りを硬い床のせいにする。
このまま車に乗って向かえれば。
時間を確認し、また現実を見る。
もう寝ている時間だ、そしてその横には……。
とめどなく涙が流れ、ついに嗚咽が漏れた。
体を小さく丸め、こぶしを強く握り締める。


耐えて、耐えて、耐えて。


そのまま眠りについたらしい。
翌日、鏡に写った自分は酷い顔をしていた。
着信履歴は30分に渡り,その件数は10件に届きそうだった。
最後に掛けられたのは、04:30。
午前4時半。
自分が目覚めたのはかすかに聞こえた着信音の為だった事を知る。
出ればよかったのだろうか。
しかし、出たところで何も変わらない。それどころか、傷は深くなるばかりだろう。


車の中での短い眠りは、かえって疲れを増長させ、気持ちの切り替えもできないまま現場に着いた。

「おはよ。」
「おはよ。」
「ひでー顔。どうした?」 何も気付かずに茶化して欲しかった。が、それが叶わないことも十分分かっていた。
「ちょっと。」
「昨日、電話に出なかったのもそれか?」 心配そうに顔を寄せてくるのが僕を苛立たせた。
「あんな時間に掛けてくるなよ!おかげで起きただろ!」 自分を傷つけた相手を傷つけたかった。
「ごめん。」 謝ってなんか欲しくなかった。理不尽な理由で傷つけた自分に最悪感が募るばかりだ。
「もういい!」 子供っぽい態度に我ながら呆れたが、溢れ出るものを見せるわけには行かなかった。

誰もいない場所を目指す。そこが二人の場所だった事も忘れて。
15分ほどたっただろうか。冷えた空気が僕にくしゃみをさせたとき、

「中居?」 暖かく抱きしめられた。
「お前に一番来て欲しくない事くらい分かれよ!どうして…、」 
「ごめん。」 耳元で熱く、優しく囁かれる。
拳を振り上げ、その胸の中でもがいてみても、その呪縛からは逃れられず、
結局はそこに居心地のよさを感じてしまう。その首に腕を巻きつけたら僕の負けだ。

今日は負けない。負けない。負けない。








「あ、いいな。中居くん、木村君にお姫様抱っこされてる!」
「しー!寝てるから。」
「いくら木村君でも慎吾じゃ大きくて無理だよ。」
「うるさいなぁ!」

寄って来るメンバーを振り切り、楽屋のソファーに寝かせる。
涙で顔に張り付いていた髪をそっと整えた。

「ごめん。」 もう一度呟く。
「でも、もう少しだけ、ここをお前の還る場所にしててくれないかな。」 自分の胸を軽く叩く。
「なんて、都合よすぎるか。」 

いつもなら口の端をわずかに歪め、苦笑する姿が見られたかもしれない。
しかし、今日そこにいたのは、唇を細かく震わせ、何かに耐える木村だった。
奥歯を強く噛みしめ、瞳から、透明なかけらが落ちないように上を見上げる。
寝ている中居を前に本音がこぼれた。大きく息をし、呼吸を整える。
その気配に中居は寝返りを打つと木村に背を向け、木村はそれに小さく頷いた。

ただ愛情を伝えたいだけだった。
「いつも想ってる。」
その言葉に嘘がないことを証明したかった。
それが中居を苦しめている事にも気付いていた。
ただ、寂しさも苦しさも中居だけのものではなかった。
人といるからこそ感じる、相手が中居ではない辛さ。
誰かといるからこそ思い出す中居のぬくもり、存在。
それは中居が知らない木村だけの苦しみ。
寝静まった家の中、この時間こそを共に過ごした相手を思い出す。
掛かることのない電話。
全てを無かった事にしようとする中居が自分からの電話に出ることは無くなり、
それより先に鳴らなくなった着信音がある。
中居が好きだったその曲は、外で鳴ると恥ずかしかった。
それを言うと、「人に聞かれないように木村がすぐ出るからちょうどいい。」
そう言って意地悪そうに笑った。

「本当、冷たいよな。」
あれ以来二度と掛かる事のない番号を表示させ愚痴をこぼす。
掛け続ける木村と、拒否し続ける中居。
いつしか、それは彼らの中で儀式となっていたかもしれない。
いつか出るのではと期待する木村と、いつか出てしまうのでは不安を抱く中居。
せめて相手を嫌いになれればいい。それができない二人は会うごとにお互いを確かめ合い、
癒えない傷を深くする。




あの頃と変わらず目の前にある小さな頭。飽きずに見ていた日を、それが許された日を思い出す。
目を開けた瞬間、自分を認めた瞬間に見せる小さな笑顔。そして、その後に続く憎まれ口。
思い出し笑いは、その後にまた涙を呼んだ。
思いを断ち切るように立ち上がり、しかし少しの未練がジャケットに手を伸ばさせる。











身じろぎをして起きた中居が見たものは、自分に掛かっている木村のジャケット。

それのみだった。

目を開けるといつも横にいた顔はそこになく、別室でスタッフと談笑していた。














もう戻れない。
それは二人が誰よりも分かっていた。
それでも、中居は木村のぬくもりを、木村は中居のぬくもりを
そのジャケットから感じていた。










2004.10.15 UP
thanks to norikoさん
少々アイディアを拝借いたしました。
「一番大切な人って切ない。」
「一番大切な人はメンバーです。」
という「仰天ニュース」の中の言葉から派生してできたお話です。
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SMAPファンに55のお題
thanks to「Wish Garden」植木屋様
http://www.geocities.jp/wish_garden_new/odai/00.htm
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