誰もいないと思っていた所から手が伸び、吸い寄せられる。
壁面に消えていく仲間を少し離れた所から見ていた。
命の危険が迫っているようだったら全てを投げ打ってでも助けに行く所だったが、そうは思えず様子を伺う。
聞こえてきたのは交渉する声。

「条件を飲むなら、来週ここに来い。解毒剤を打ってやる。
 自分の命とBIRDMANどっちが大切か。考えなくても分かるだろ。行け!」

音も無く壁から出てきた仲間。
歩を進めていくのを見守って暫くしてから寄り添う。

「いた?」
「え?」

肩が震えた。

「あいつら。奥にいそうだった?」
「いや。」

強張った顔がそっと息をついた。

「ねぇ。」
「え?」

真っ黒な瞳が白い顔を射る。

「生きてよ。死んだら終わりだよ。」

切れ長の瞳は全てを理解したようだった。

「でも、」
「僕は君に生きて欲しい。他の3人には黙っておくよ。ね?これで一緒。君がスパイなら、僕もスパイだよ。」

小首をかしげ、心持ち下から見上げる視線。
ナイフのような鋭さはしまわれていたが、有無を言わさぬ力は相変わらずだった。











自分の命とBIRDMAN。
きっと相手は命乞いすると思ったのだろう。
けれど、何度も失いかけているこの命を惜しいだなんて思わなかった。
引き止められたことは嬉しかったが、思い切る事はできなかった。

「やっぱり無理だよ。」
「何言ってんの?BORDMANともあろう者が。別に本当に全部曝け出さなくたっていいんだから。陽動作戦を仕掛ける位の心構えが無くてどうするの?」

しかし、実際には当たり障りのない事では良しとされず、簡単な嘘はすぐに見抜かれた。
力の差を感じた。


「もう無理だよ。」
唯一真実を知る人間が、本当の理解者かどうかは分からない。
「それじゃ、君に生きててもらった意味が無いんだけど。」

見慣れた瞳が冷たく光った。
こめかみに手を当てた彼はにこりともしなかった。

「向こうの情報教えて。」
「え……」
「じゃないと殺しちゃうよ。スパイだってこともみんなに言っちゃうよ。」


普段となんら変わらない顔で引き金を引くことを知っていた。
「可哀想に」そんな言葉をかけながら、止めを刺す事を知っていた。
敵に殺されるなら、仲間に殺された方がいい。
口を開こうとした時、一瞬先に言葉を奪われた。

「生きてた意味、あったでしょ?」
「え?」
「君は向こうのスパイだったんじゃなくて、BIRDMANのスパイだったんだよね?」


自分にそんな器用な真似ができるとは思えなかった。
それでも、もう自分にはその道しか残っていなかった。
唯一人の協力を得ながら、危ない橋を渡り続けた。
しかし、橋の行き着く先に幸せは待っていなかった。
朽ちた橋は引き返すこともできず、荊の茂みに足を踏み入れた。


「最近、変な動きをしていないか?」
「何の事だ?」
さすがにここで動揺を見せるほど甘くは無い。
「誰の入れ知恵かしらねーけど。言われた事以上の事してくれると困るんだよね。」
「意味が分からない。今週分の情報はもう出しただろ?」

相手の余裕が気になった。
嫌な予感がした。

「BIRDMANは己の命を大切にしないって聞いたんでね。」

血の気が引いた。












「ねぇ、ブルー。」
「あ?」
気配を消して入っていったピンクにブルーは驚く素振りを見せなかった。
「なんか面倒なことに巻き込まれてそうな気がするんだよね。」
「イエローか?」
「なんだ。知ってたの?」
ピンクの視線を感じても、ブルーの目は新聞記事を追っていた。
「向こうが簡単に信じるわけないんだよね。でも盗聴器とかは無かったし。」
ブルーの無関心さに気を許してか、ピンクの口が軽くなる。
花瓶の中の花と戯れながら言葉が流れる。

「イエローが言った事が真実かどうか調べた後じゃないと、薬は打ちませんってってやつかな?」
「薬?」
振り返った時には、射るような視線が全身に注がれていた。
視線が交錯し、火花が散る。
暫し見合った後、決まり悪そうに視線を外したのはピンクの方だった。
「お前、何を知っているんだ?」
ブルーによる追及が始まった。









「なぁ、ピンク。」
ブルーの表情は険しい。
「ん?」
「最近……グリーン、見なくないか?」
冷たい視線が貫いた。
「!!」

突如立ち上がったピンクは上ずった声で言葉を紡ぐ。
「いつから?いつから見てない?」
「先週の頭から。やられた。二人はここにいる。」
男が一人部屋に飛び込んできた。
「レッド。」
「ピンク、お前どこまで知ってた?」
壁際に追いやられ問い詰められる。
「ブルーに話した所まで。」
「悪い、レッド。考えが及ばなかった。俺のミスだ。」
「じゃ、聞き方を変える。ピンク!お前、いつから知ってた?」
レッドはブルーの言葉を無視した。
「レッド、その話は後だ。行くぞ。」

レッドの視線が痛かった。












車を走らせ、急ぐ。
その間きっと腑抜けた顔をしていたのだろう。それをいちいち見咎めてくれるほど、BIRDMANは優しくない。
「ピンク、ぼっとすんな!」
そう声がかけられた直後ドアを蹴破る音がした。
椅子に縛り付けられた仲間たちは拳銃を無理やり握らされていた。
銃口は出入り口に向けられ、腕はピンと伸びていた。
グリーンの体はガタガタと震えていた。
ブルーが嫌そうに顔をしかめ、レッドは眼光を鋭くした。
イエローの体に打たれた薬はまだ効力を発していないようだったが隣で揺れる仲間の体と、そのこめかみに当てられた銃が彼を正気のままでいさせるとは思えなかった。



「撃て!」
突然声が響いた。
「撃てば解毒剤を打ってやる。」
ガタガタと揺れるグリーンは言葉の意味を理解するよりも先に体の振動で引き金を引いてしまいそうだった。
「こいつと同時にお前も撃て。お前が撃たなきゃ俺がこの引き金を引く。」
グリーンのこめかみに当てられた銃のセイフティが外される。



グリーンの前にブルー、イエローの前にピンク。
対峙する2組の後ろでレッドがそっと手を動かす。
ブルーは視線の端でそれを捉えた。

「撃ってもいいぞ、グリーン。俺は死なない。」
嫌だと首を振っているのか、薬の影響なのかもう分からなかった。
誰の目にも限界だと分かった。

ブルーが眼差しを強くする。

「グリーン、撃て!!」

BURRN!
BURRN!

BURRN!
BURRN!

BURRN!
BURRN!













「あの時のブルー、かっこよかったな。」
朗らかさを装って笑うグリーンの手首からはまだ縛られていた後が消えない。
「レッドがさ、うまい事撃ってくれたお蔭でわざとらしくならずに済んだよね。」
禁断症状と戦うのは本人だけではなかった。
ブルーの無表情には確かに疲れが滲んでいたし、レッドはあれからにこりともしなかった。


「ねぇ、ピンク。ごめんね。」
「え?」
「俺、うまくやれなくて。」
「何言って、」
「結局グリーンも巻き込んで、3人にも迷惑かけて、あの時、」
「イエロー。」

急に歩みを止めたピンクはそれでも向かい合おうとはしなかった。

「一人で勝手に死ぬなんて許さないから。」

一瞬きょとんとしたイエローの顔は崩れていった。
そこから徐々に笑みが加わり、泣きつつ笑い、笑いながら泣いた。




雨がしとしとと降り始め5人の顔を平等に濡らした。
泣いたものは雨に隠れて更に泣き、
泣きたかったものも雨にまぎれて涙を流す。
暖か恵みの雨が静かに降り続いた。



















2008.8.3UP
違うメンバー主演作を書こうと思っていた所、脳内に飛び込んできました。
出来上がってからアップするのに時間がかかったので、
ちょっと季節はずれの紫陽花です。