「もしもし。吾郎さんのお宅でしょうか?」
「はい」
「あ、剛ですけど」
「うん。どうしたの?」
「いや…。あの、今何してる?」
「ん?別に。ゆっくりしてる。」
「あ、じゃあさぁ、今からお邪魔してもいいかな」


そこまで話して吾郎は吹き出した。
吹き出された剛は電話の向こうで困惑している。
「だって、いつも一緒で、こんなに長い付き合いなのに、やたら丁寧だから。」 「でも、それは」
「他のメンバーなんて勝手にドア開けて入ってくるのに、さすが剛だよね」
「でも、電話をしてから遊びに来るのは吾郎さんだって同じじゃない」
「ああ、そうだね。じゃあ、やっぱり僕ら似てるんだ。」
「そうだね」

ゆっくり進んでいた会話はそこで切れ、電話も切ろうとした吾郎を剛が慌てて止 める。

「ちょっと待って。じゃあ、行ってもいいんだね」
「ああ、いいよ。」

一分もたたないうちにチャイムが鳴った。

「勝手に入って来ていいのに」
ドアを開けた吾郎が見たのは大きな箱を抱えた剛。
「立派なサーモン頂いたんだ。」
「凄いねぇ」

吾郎が感嘆する声に、剛が嬉しそうに微笑む。
まるで、この部屋にだけもう春が来たようだ。

「なんか美味しい物を一緒に食べようと思って」
という剛と
「ちょうど今夜何食べようか迷ってたんだ」
という吾郎。

二人は早速キッチンに立った。
他愛もない会話をしながら調理を進める。
仕事の延長かのように二人の動きには無駄がない。
それでも、自分の手が空いた時に相手の作業を見ながらおしゃべりに興じれるのは大きな楽しい違いだ。

「みんなも呼んだ方がいいかな?」
「そうだねぇ。でも、それじゃあ料理が足りないねぇ」
「じゃあ、吾郎さんと二人きりでいいね!」
「うん」

同意を得て、剛はいそいそとお膳立てを始め、吾郎はうきうきとワインを選びに 行った。


間接照明のダイニングルームは居心地よく、リビングルームに置かれたクッショ ンは剛を立ち上がりにくくさせた。
吾郎の家からは夜遅くまで楽しそうな声が響いた。