「おはよう」

いつも通り、楽屋には行かずに前室にいると、珍しく挨拶された。
俺の「あいさつリスト」には入っていない3人のうちの1人。

「お。おはよ。」
「今日は猫バスがいるね。」
「は?」
「外だよ。すーごい風。猫バスに違いない。」
「はい?」

問い返した声はわれながらまぬけだった。
「猫」という単語が飛び出してくるにはふさわしい口も「猫バス」という単語には似合わないこと、この上無しだ。

呆けた声で聞き返され、「口」の持ち主は少し機嫌を損ねたように眉をひそめた。

「猫バスだよ。ね・こ・ば・す!」
立てた人差し指で、空気を叩く。
出来の悪い生徒に説明している気分にでもなっているのだろう。

「知ってるでしょ?」
下から覗き込まれる。

「え。や・・・し、知ってるけど。」
てゆーか、顔近い。
しかも俺のほうが詳しいはずだし。

「なんでお前が猫バスなんだよ。」
「何?日本語がわからない。」

台本を手に取り言い放つ。おなじみの見下した物言い。
どうして、こいつと話してるとこうなるんだろう。

「だからぁ、」
「うん、ちゃんと説明してよ。」

視線は台本に向けたまま。
話すときは相手の目を見ましょう。
そんな事を心の中で思っていたら、冷たく一瞥された。

「何?早くして。」

すぐ人を見下す上にせっかち。
そんな風に育てた覚えはない。

「ねぇってば!」

切れると子供っぽくなるところは変わらない。

「だからぁ、」
「うん。」
「お前の口から猫バスって似合わないじゃん?慎吾ならともかく。」
「あ、うん。まぁね。」
「ジブリ、見ないんだろ?」
「そうだね」
「じゃあ、なんで猫バスなんだ?」



「すっげー、風」

理由を聞き出そうとしたところに、それこそ、風に押されて一人入って来た。

「猫バス、来てるでしょ?」
「は?何、猫バスって?」
「知らないの?魔女の宅急便に出て来て」
「あ、もういいや。」

早くも宣戦離脱。

「ちょっと待ってよ、話は終わってないよ。」
「俺いいよ。木村に話してればいいじゃん。」
「だって木村君は僕が話さなくても知ってるもん。」

納得してしまったらしい中居が一瞬その場に立ち止まった。
それを吾郎が見逃すわけがない。

「でね、黒い猫なんだって。大きい黒い猫。」
「お前ジブリなんて見ないじゃん。」
「…。その猫がね」

って無視かよ。
この勝負、吾郎の勝ち。
にしても…犯人は慎吾に間違いないな。

「その猫がぁ、ご主人様のお手伝いをして、宅急便を配るんだって。聞いてる?」
「それで?」

明らかに聞いてなさそうな中居を不満そうに見たが、相槌が返って来た事で許したらしい。

「で……。」
「で?」
「その猫がいっぱい荷物を持って超特急で配るから風が起きるの。だから風の強い日は猫バスが頑張ってるの。」
「ふぅん。それってあの宅急便の会社とタッグ組んだのかなぁ。」
「さぁ、知らない。ちなみに…」

中居が珍しく興味の無い話に付き合っている。
が、吾郎はそれに気付く様子もない。

「つむじ風を隅に追い込んで、捕まえると猫バスが手に入るんだって。」
「黒い大きい猫?」
「そう。大きい猫って可愛いのかな。アリスに出てくるチェシャ猫とか、僕はあんまりだけど。」
「お前んちの猫は?」

中居が興味のない話を広げた。
雨が降る。いや、雷かも。
いつの間にか俺は傍観者になっていた。
ついでにいうと、ドアの側に張り付いてるもう一人。

「え?うちの?」
「小さいんだろ?」
「うん、小さくて可愛いよ。」
「吾郎の手伝いで荷物届けたりする?」

もしや…中居…。

「してくれたらいいんだけど邪魔ばっかり。特にアメリカンショートヘアの方がさぁ、」

「スタンバイお願いします!!」

スタッフの声が響く。

「よっしゃ」
短く小さく声をかけ、立ち上がり際、
「猫バスはトトロ!」

半分背を向けつつ、中居が吾郎に人差し指を突き付ける。

「へ?」

有り得ない声をだした吾郎の目は、さらに中居の指先を見たがために寄り目になっている。

堪え切れずに吹き出した。

「何?!」
「お前、誰に聞いた?騙されてるぞ。」
「ちょっとどういう事!?」

伸ばした腕はもう中居には届かない。

「木村君?!」

勢いよく振り返った吾郎の視線に追及される。

「確かに猫バスはトトロ。茶色いでかい猫。」
「魔女宅はジジ。」

中居が側に戻っていた。

「どーゆーこと?!」
「なんで中居知ってるの?」
「この間、兄ちゃんちで子供っち達が見てた。」

「一回見た位で中居君が覚えてるなんて意外。」

傍観者その2が前室に入って来ていた。
ほの赤くなった中居の耳が気になったが、

「慎吾〜!!」
「信じた??信じちゃった??」
「お前!!」

収録前の乱闘を止める方が先だ。

「やっぱ慎吾か。」

中居と同時に呟いた。

中居の方が身長差とすぐに諦める分、楽だが、吾郎を羽交い締めにするのも難しくない。

「恥かいただろ〜!」
「恥ってそんな大袈裟な。可愛かったよね、一生懸命説明してる吾郎ちゃん。」
「うん、まぁ。」

振り返った吾郎にきっと睨まれた。

「吾郎ちゃんが余りに風の強い日を欝陶しがるからさ。ちょっとでも楽しくなればいいなぁと思ってさ。」
「だったら嘘つかなくてもいいだろ!」
「でも、今までより風の強い日が欝陶しくなくなったでしょ?」
「ん。ま、まぁ。」
「確かに、前室に入って来た吾郎嫌そうじゃなかった。」

腕の中の吾郎がおとなしくなる。

「僕の猫バスの話、効果あったって事でしょ?」
「う、うん。でも…でも!なんで嘘ついたんだよ!」
「そんなの騙されてる吾郎ちゃんが面白いからに決まってるじゃん!」
「…慎吾!!」

力を緩めていた腕の中から猫が飛び出す。
狭い前室につむじ風が起きる。

さらにもう一つ飛び込んで来た。

「吾郎さんと慎吾が猫の事で喧嘩してるって本当?!」

中居の顔を見る。
これ以上関わるのはごめんだとそこに書いてあった。

「猫…の事ではなく、猫バス?」
「なに、それ。どーゆー事?ねぇ、二人ともなんで喧嘩してるの?教えて〜。」

二つのつむじ風が合体して、大きな一つになった。

「なぁ、木村知ってる?猫バスって仲間に猫電車とか猫新幹線、猫船みたいのまでいるんだぜ。」
「すっげー。てゆーか、なんで?なんで中居がそんな事まで知ってんの?」
「しかも、そいつらあんま可愛くないんでやんの。」

俺の言葉はあっさり無視された。
それが中居との会話らしいといえば、らしい。

「なぁ、中居。慎吾が折れるのと、吾郎が許すのどっちが先だと思う?」
「うるさい剛に二人揃ってキレると思う。」
「確かに。先行って二人でやってよっか。」
「木村と俺?たまにはいいかもな。」

立ち上がる中居に続く。
じきに、つむじ風も付いてくることだろう。



「今日も猫バスの日だね。」
その後も吾郎が少し楽しそうに言うから、どうやら仲直りは成功したらしい。

洋服の裾を直しながら、
髪の毛を直しながら、
困った子だなと吾郎が微笑む。





2009.6.18UP
猫バスについてのお話は
三鷹の森 ジブリ美術館で見た
アニメーションを基にしています。
久々に、「普通のSMAP」の話が書けました。
こういうのもいいですよねぇ・・・ってまた自画自賛。