ぐるぐると出てくるスーツケースを取ろうとすると、先にそれに伸びる手があった。
「何すんだよ!」
声を荒げようとして、息を呑んだ。
「あ・・・サンキュ。」
返事はなく、すぐに顔を背けられたから。どんな顔をしているのかも分からなかった。
さっさと持っていく背中に慌てつつ、同行者と挨拶を交わす。
「どうすんの?」
「あ・・・あの迎えが来てるみたいなんで・」
「あ、そうなんだ。」
気まずい空気が流れる。
「すいません。じゃあ、失礼します。ありがとうございました。」
「ん。じゃあ、また。」
何となく楽しかった度の最後に水を注された気分になってため息が出た。
これからのやり取りを思うと、それは更に深いため息になった。


ゲートから出ると、見慣れた車が目に止まる。
ムッとした気持ちのままドアを開け、体を滑り込ませる。
日本に帰ってきてほっとしたのか、いつも一緒にいる奴の顔をみて安心したのか、相手の様子も見ずに不満を吐き出した。


「お前さ!来るなら来るで言えよ!なんだよ、急に!勝手に来るなよ!なんで来るんだよ!わざわざ何してんだよ!」
「・・・・・・お帰り。」
静かに言われて自分の態度が恥ずかしくなった。
ただ、一度立った波はなかなか治まらず「ただいま」その一言がいえなくて、流れる景色に集中しているフリをした。
それきり、車の中に会話は生まれず、いたたまれなかった。
自分が悪いのは分かっているが、勝手なことをされて気がして、旅の最後に邪魔された気がして、素直になれなかった。


相手もきっと同じ気持ちなのだろう。不穏な空気が漂った車はスムーズに流れ、すぐにマンションが見えてきた。
何も言わなくても荷物を持ち、部屋へ運び入れる様子に「ありがとう」と言わなくなったのはいつからだろう。
いつの間にか、そうされるのが当たり前になっている。


久しぶりの我が家は少し片付いているように見えたが、やっぱり落ち着いた。
部屋の奥から名前を呼ばれる。


「ヒロ。」


その声に、その呼び方に顔を向ける。
手を広げ、抱きとめようとする姿。
「なんだよ、それ。」
自分の不機嫌な声と相手の笑顔がつりあわない。
「お帰り。」
「だから、なんだっつーの!それ。」


横をすり抜けようとして腕を捕まえられた。
そのまま後からきつく抱きしめられる。
「なんだよ、お前。何やってんだよ。」
「お帰り。」
少し声が曇ったのを感じた。
表情がみたかったが、たくましい腕がそれを許さなかった。
思わずため息をついた。
「失礼だよ、それ。」
耳慣れない硬い声に言い過ぎたことを知った。


「さっきから失礼だよ。わざわざ迎えに行ったのに。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」


それきり何も言おうとせず、抱きしめ、抱きしめられたまま時計の音ばかり聞いていた。
今、謝るべきなのが自分なのは明白だったが、妙な意地がそれを邪魔した。
小さなため息が聞こえ、腕がほどかれた。
途端に寒さが自分を包み、相手の暖かさに気付いた。


「もういいよ。」
その声にかぶさるように慌てて伝えた。
「ごめん。・・・・・・ごめん。」


もっと何か言わされるかと思ったが、ただ小さな微笑だけが返ってきた。
それが無性に寂しかった。
怒鳴ってくれた方がどれだけいいか。
もっと謝れといわれたらどんなに楽か。
ただ受け止めてくれる相手の優しさが切なくて、諦められたようなのが悲しくて、そして、相手の成長が歯がゆかった。


「いいよ、驚いたんでしょ?」
「だって・・・。」
「稲垣吾郎では荷物を持てないから。」
「は?」
「草なぎ剛の運転には危なくて乗せられないから。」
「・・・・・・。」
「だから、お前が行けって。」
「・・・・・・。」
「木村君が。」
「で?木村は?」
「木村君は・・・。」


自分が身を乗り出していることも、それを見て慎吾が少し寂しそうにしたのにも気付いたが、どうにもできなかった。


「大丈夫だよ、生きてるから。」
「当たり前だろ!」
「インフルエンザ。だから治るまでは絶対に近くに寄らないんだって。」
乾いた唇をなめながらうなずく。
「でも、メールや電話では伝染らないからね!知ってた?」
「それくらい知ってるよ!馬鹿にすんな!」
振り上げた手をつかまれ、また後から抱きしめられる。
「たまには俺でもいいでしょ?でも木村君も大変だよね、こんな難しい彼女。」
「お前っ!彼女って!」
少し暴れたくらいで動じる腕ではなかった。
「ほら、ひろちゃん、じっとして。」
木村と同じ言い方に嫌な予感がした。


「お前、どこまで聞いたんだよ。」
「何を?」
「木村に。どこまで聞いたんだよ。」
「だから、何を?」


慎吾の沈黙に墓穴を掘った事に気づいた。
「もしかして!」
嬉しそうな声が聞こえてくる。
「俺、似てた?ねぇ、木村君に似てた?木村君もこんな風にするの?そんな気がしてたんだよね。」
興奮して喋り捲る慎吾に抱きかかえられたままうなだれた。
「そっか・・・こんななのかぁ。」
悦に入ってる慎吾はいただけないが、結局その日は二人で過ごす事になった。


「でも、何でお前と二人で飯食わなきゃいけないの?」
「なんで?」
「や、こっちが聞いてんの!」
「何がそんなんに不満なの?さっきから失礼だよ!」
「だってさ、別に俺置いてお前帰ったっていいじゃん。」
「いいじゃん!たまには一緒に食べたって。昔はよく二人でこうしてたじゃん!」
「ま、そうだけど。」


納得がいかない気もしたが、いつの間にか慎吾のペースに飲み込まれていた。


「ほら、ひろちゃん、残さないで食べなよ!」
「いいんだよ、うるさいな。」
「だからいつまでも小さいんだよ。」
「今から伸びたって気持ち悪いだろ。いいの!俺は可愛い路線で行くの!」
「可愛いとか自分で言ってる〜!」
「事実だろ!よく言われるもん!」
「ま、そうだけど。」
「あ、認めたな。」
「あー、そうだよ!認めたよ!中居正広は可愛いよ。だから天下のSMAP揃ってメロメロなんだよ。
 全く困っちゃうよね、この人は。なのに本人あんまり気付いてないんだもん。あー、やだやだ。
 何、みんなで振り回されてるんだろ?本当だよね。」
「お前何言ってんの?」


酔ったのか、立て続けに喋り捲る慎吾の口が固まった。


「俺、なんか言った?忘れて!忘れて!はい。貴方はさっき私の言った事を忘れまーす。手品ーにゃ!」
「なんだよ、それ。」
「はい、中居君も一緒に!」
「「手品ーにゃ!はい!」」
「忘れた?」
「ん?うん。」


元々酔った頭でボーっと聞いていて理解できずにいたから、どさくさにまぎれて本当に忘れてしまった。
大事なこと聞いた気がするんだけど・・・。


「とりあえず、ちゃっちゃと食べてさ!」
慌てる慎吾の様子にも何か思うところがあったが、酒は疲れた体にあっという間に回っていった。
慎吾の膝枕、気持ちよさそうだな、と思ったところまでは覚えている。
気付いた時には朝になっていて、ベッドの中にいた。


自分が慎吾に抱きかかえられてベッドまで運ばれた図を思い浮かべて、顔が赤くなった。
と同時に、昨日慎吾がまくし立てように言い放った言葉を思い出した。
鏡に映る自分の顔が想像以上に赤くて焦った。


「なに言ってんだよ。」
両手で顔を仰ぎながら愚痴る。
「涙目になるじゃん。どんな顔して次会えばいいんだよ。」


文句を言おうと思った相手は、まだ夢の中らしく、轟音がドアを通して響き渡っていた。
ドアを開け、変わらないその姿に安心してしばらく、寝顔に見入ってしまった。
ちゃんと笑顔で「おはよう」って言ってやろう。
柄にもなくそんなことを思った。
そんな一日の始まりもいいかもしれない。
まだ外は寒いけど。少し春が近づいた気がした。


















じっと見つめている自分に気付き、居心地が悪くなり、手持ち無沙汰で朝食の準備を始めた中居は、
慎吾がまだ当分起きない事を知らない。
自分の膝を上で眠る、愛しい憧れの人を夜更けまで見つめていた慎吾が目を覚ますのは、
痺れを切らした中居が声を掛けるとき。

「慎吾、起きろ。」
「うん?」
「おはよう。」
「おはよう。」





2005.1.31UP
HAPPY BIRTHDAY TO SHINGO!!
いつでもひまわりのような、お日様のような笑顔であなたがいられますように。
今年は思いっきり、お兄ちゃんたちに甘えてください。
きっと、お兄ちゃんたちもそれを待ってます。
楽しい一年があなたを待っていますように。