「中居さん?」
「指輪・・・あった・・・。」

それにしては、嬉しそうではない声にマネージャーはミラー越しに中居を見る。

「なんなんだよ。無くなっては出てきて。しかも・・・」

その後の言葉はマネージャーに耳には届かなかった。

木村から電話があったら出てくるなんてむかつく。
なんか、ほっとしたら出てきたみたいじゃん。
ただ、自分に余裕が無くて見つけられなかっただけみたいじゃん。

「木村が指輪の話なんてするから!」

少し幼い口調の中居は、瞳を潤ませ、唇をかみ締め、前の座席を蹴り上げ、感情をそのまま表に出していた。
常に一緒にいても、そうそう見ない姿に、言葉が口をついて出た。

「木村さんに相談すればよかったのに。」

いつもなら冷たい視線が突き刺さるようなこの言葉にも、より一層表情を崩すだけだった。



朝起きるとあって、収録に行くとなくて、次の日の夜になると出てきて、朝になるとまたなくなっていて。
不規則な指輪の行方に、中居はクマを濃くしていった。






同じ頃、木村のクマも次第に濃くなっていた。
テレビの中で、付けたり外したりを繰り返す中居。同じ収録日のはずなのに、午前中はつけていて、午後は外している。
先週はつけていたのに、今週は無い。
そして、昨日会った中居は指輪をしていて、今、目の前にいる中居の指は、何も纏っていない。

指輪をとったり外したり、中居が不思議な行動に出始めたのは、自分が指輪の話をして以来だ。
一体、何を意味するのかと木村は訝しがった。
きっと、何かメッセージが込められているに違いない。
それが、読み取れず、いつまでたっても的確な返事が出来ないから、中居は自分を避けるのだろう。
じっと中居の指先を見つめる。

しかし、常は雄弁なその指先も、今は何も自分に教えてくれなかった。






先に限界がやってきたのは木村だった。
中居が楽屋に一人でいるのを確認して、中に入る。
その指に指輪はなく、代わりに少し離れたテーブルのうえにあった。

「中居。」
「ん?」
「ごめん。降参。」
「え?」
「分かってやれなかった。ごめん。」
「え?」

頭を下げる木村に中居が目を大きく見開く。

「指輪、取ったり外したりするの。なんか意味が込められてたんだろう。すっげぇ考えたんだけど、ダメだった。」
「木村。」
「ずっとお前に無視され続けて、さすがに堪えたわ。しかも、それでも分からないなんて。
 お前の事なんて、なんでも分かってるような口きいて、結局分かってないじゃんな。
 そりゃ、指輪やるって言っても断られるわ。本当、ごめん。」

木村の殊勝な態度に中居も静かに口を開いた。

「違う。そうじゃない。」
「ん?」
「……。木村……そうじゃないんだ。」
「ん?」

自分でも何が起こっているのか分からない状況を人に伝えるのは難しかった。
カメラの前では、よく動く口も、普段は閉じたままのことが多い。
中居の口から言葉が紡ぎ出されるには時間がかかった。
急かしてしまいがちの木村もじっと、その顔を見つめる。

ぽつりぽつりと中居が零す言葉のかけら。
木村がそれを丁寧にかき集める。
日ごろは見ることのない、する必要のない慎重な作業が二人の間で行われた。


話を聞き終えた木村は黙っていた。

「なんか、安心したわ。」
「え?」
「やっぱ、中居のこと、理解できてないって思ったら、辛かったから。」
「ごめん。」
「や、でもマジで、なんなんだろうな。それ。指輪が消えるって。」
「あぁ。俺、疲れてんのかなぁ?」

中居が大きく伸びをして笑って見せた。
それは、すぐに作り笑いとわかる顔だったが、たまにはわざと騙された方がいい時もある。

「仕事しすぎじゃね?」
「だよな。」
「じゃ、俺、そろそろ行くわ。」
「あぁ。」

ぎこちない空気に気づき、木村が退散する。
パタンとしまったドアを見つめ、中居は長く息を吐いた。
手を伸ばし、指輪を取り、じっとその大きな瞳で見つめた。
指輪との会話を終えた中居は、晴れ晴れとした顔をしていた。










次の週の収録日、中居の楽屋にはまた木村がいた。                                  

「これ」
何も光っていない指にはめられた。
「あげたいんだ」
「……」
「貰ってほしいなんて言わない。捨ててくれてもいい。」
「……」
「でも、今、渡したいから」

「捨てるなんて勿体ない」
絶好の言い訳と理由と共に中居は木村から指輪を受け取った。

きらりと小さく控え目に光るその指輪は中居の中指にぴったりだった。

その事を確認し安堵の溜め息をついた木村は
「じゃあ」
と言葉少なに部屋を出て行った。同室にいるのは限界だった。

「どうすんだよぉ!」
中居は大きな独り言を言い、視線を移した。
その先には朝までなかった筈の指輪が揃えて置いてある。
「こんな時に限ってなんであるんだよ」

「ちょうど無くしたから付けた」
という言い訳までは与えられなかった中居は、ぎりぎりまで悩んだ挙句、
何もはめずに、楽屋を出た。

指輪をそのままに収録に臨んでも、今までのように、いつの間にか無くなってるという事はなく、
二つの指輪は机の上に、一つの指輪はポケットの中にそのまま存在していた。

車の中で矯めつ眇めつする中居がバックミラーに映っている。

「新しいの買ったんですか?無くなったりでてきたり不気味ですもんね」
「うん」

ボソッと相槌をうつと中居は声音を変えた。
「そうだよな。気持ち悪いもんな。だよな。捨てちゃってもいいよな」
「いいんじゃないですか。てゆーか、置いといたら自然にまた消えるんじゃないですか?」

そうじゃない事には薄々気付いていた。きっとこの指輪がまた消える事は二度とない。
けれど、この指輪をもういらないと思っている自分がいる。
想いのこもった指輪を選ぼうとしている自分がいる。
その事にも、もう気付いていた。

欲しかった人から欲しかった物を貰えた。
それでも、それをうきうきと付ける程、中居は素直ではなく、いつかその日が来たら捨てようと思っていた指輪も
結局捨てることはできなさそうだった。

それでも次の日、中居は自分の中指を小さく光らせ、しかし、なんだかむず痒く、過敏に人目から指輪を遠ざけた。
遠くから木村がその様子を見つめている事には気付かずに、
誰もいない、
と、ひっそり自分の中指を見つめ、顔を綻ばした。
窓に映ったその中居の顔を、木村が同じような顔で見ていた。

中指にはめられた二つの指輪。
デザインも印象もまるで違う二つの指輪。
左手の薬指にはめられていなくても小さく光るその輝きが確かに二人を結んでいる。



そして、その指輪は
消えることも、
なくなることも、
一度として
なかった。










2008.2.25UP
なぜこんなに遅くなったのか自分でも分からないのですが、
やっとこぎつけた最終回です。
途中でもう書きたくなくなったりもしたけれど、
読み返すとやっぱり大事なわが子です。
応援してくださった皆様、ありがとうございました。