疲れていた。弱っていた。新しいものを作り上げるエネルギーなんてどこにもなかった。 すべてが面倒で目を背けた。 窓の外。季節は春だった。少し早い春。 桜を愛でる気さえしなかったが、早咲きしている桜が目に入った。 両手ではとても抱えきれないほどの大木。 狂い咲き、という程ではないが、他がやっと咲き始めた今、 ひとつ満開になっているそれは目を引いた。 木立から離れたその距離が余計にそうさせたのかもしれない。 ちらほら咲き始めた木々から離れ、夜に浮かび上げる満開の桜。 自分だけ先に咲いてしまったその大木は、何を思うだろう。 抜きんでた事を喜ぶのか、和を乱したことを焦るのか、早く咲けよと苛立つのか。 それとも、ただ静かに他を待つのか。 気が付いたら、外にいた。 目の前には遠くに見た桜の木。そのまま魅入られそうだった。 倦怠感が取れ、心地よいまどろみに入っていきそうだった。 すべてを忘れて楽になれそうだった。 そうさせて欲しかった。 「木村!」 現実に引き戻したのは、聞き覚えのある声。ありすぎる声。 「どこに行くつもりだよ!一人でふらふら出て行って・・・そのまま・・・このまま出て行くのか?」 中居は珍しく泣きそうな顔をしていた。 普段は隠していても、まだ少年の名残がある。 「いいかもな、それも。うん、いいかも。」 どこかに行きたかった。一人になりたかった。ほっといて欲しかった。 唇を噛みしめる中居にも、なんとも思わなかった。 「本気なのか?」 「ほっといてくれ。」 「じゃあ、もう迎えに来ない。」 自分から言わせてしまったこの言葉。中居の瞳が潤んでいく。 俺だって泣きたかった。これから先、どこへ行けばいいのか。どうなっていくのか。 何も分からないのに、みんなが勝手な事を言う。 自分が自分のものじゃなくなっていくのが、怖かった。不安だった。悔しかった。 本当は頼りたかった。相談したかった。みんなに。中居に。 どれほど見つめあっていただろう。 先に泣いたのが中居なら、先に泣きやんだのも中居だった。 中居は大きな目でしっかりと俺を見ていた。 「大丈夫だよ。木村になら決められるよ。」 「・・・・・・。」 「どうするべきか、決められる。大丈夫だよ。」 結局、あれから10年近く、俺は中居の横にいた。 久しぶりに見るその木は、一斉に咲く桜の中の一本に納まっていた。 どこかほっとした思いで見ていると、すぐ後ろで声がした。 「この桜、でっかくなったな。」 「いつの間に後ろにいたんだよ。びっくりするじゃん。」 「木村がボーっと出てくから。木村もあれから大きくなった。」 「中居もな。まさか紅白の司会するとは思わなかったよ。 「それは俺だって驚いた。」 そう言って2人笑いあった。 「あの時、俺が邪魔したんじゃないよな。」 しばらくしてそう聞いてきた中居の不安そうな顔は、あの時と変わらなかった。 「違うよ。それで、あれから迎えに来なくなったのか?」 「違うよ。木村を信じてるから。」 「うん?」 「戻ってくるって信じてるから。あ!て事は木村、俺のこと信じて無いから迎えにくんのか?」 『信じてる』自分のその言葉に中居は照れたらしい。照れ隠しに突っかかってきた。 「違うよ。意地っ張りなお前が戻ってくるタイミング逃さないように行ってやってんの!」 「なんだよ、それ。」 中居はケラケラと笑いながら、俺を叩こうと手を伸ばしてくる。 そうはさせまいと攻防戦をくりひろげるうち、中居が花びらの中に座り込んだ。 自分の周りを覆いつくし、それでもなお上から降ってくる様子に目を輝かしている。 少年のように純粋に。 それは、こっちまで素直にさせられる光景だった。 「俺も信じてるよ。いつでもお前が俺を受け入れてくれるって。だから迎えに行く。」 「・・・・・・。」 「・・・・・・。」 「大丈夫だよ。俺たちは。」 見上げながら呟いた中居の姿は、咲き誇る桜より綺麗だった。 あの時、見に来たはずの桜さえ目に入らなくなっていた俺たち。 お互いの涙を拭く事もできなかった俺たちは、今、肩を並べて横にいる。 頭に花びらをつけながら。 『大丈夫』 この言葉を知っているから、俺は 『頑張れ』 を使わない。 |
2004.4.8 UP
壮絶な喧嘩話から全部書き換えてこの形になりました。
どうも季節から少し遅れて書いてしまいます。
今回2人が見てるのは両方夜桜ですが
木村君は昼間の桜、中居くんは夜桜のイメージがあります。