春の嵐がやってくる。
それは突然。
咲き誇る花を叩き落し、しがみ付いていた花びらをも蹴散らす。
まるで未練がましいとでも言うように。
春物を纏った女性をあざ笑うかのように突風を巻き起こし、
入学したばかりの子供たちを虐めるかのように強く雨粒を叩きつける。
暖かい春を迎えるには激しすぎるその嵐。新しい季節に踊る心を戒めるかのごとく。





いつもこの時期だ。楽屋にいたくない日がある。
一人が辛い時間がある。孤独を感じる瞬間(トキ)がある。

人を求めてさまよいでる。
一歩、廊下に出ればそこには、人、人、人。
忙しそうな多くの人たち。
笑顔を向ける人。驚く人。喜ぶ人。そして話しかけてくる人。
しかし、そこに求めるものはない。

どこに行けばいいかは分かっている。
しかし、素直に足を運ぶには躊躇いがある。
さ迷い歩き、そして悟る。
今の自分にはひとつの場所しかないのだと。

そこはざわついていた。
楽しそうな人、忙しそうな人。困っている人。
喧騒の中に自分を置きたい気分ではない。
が、そこには求めるものがあった。

そっとそばのいすに腰掛ける。

時が止まったかと思った。耳が聞こえなくなったかと思った。
ただひとつの暖かさが横に座った途端、心がふっと軽くなった。

「春の嵐だってな」

歩きつかれた足にそっと触れる暖かさ。
ゆっくりと刻まれる指の動き。
荒立った波が収まり、心に凪がやってくる。

立った一言呟かれたその声に、心の平安がやってくる。
尖った心が溶かされ、丸くなり、溶けた部分が目の淵から零れそうになる。

「楽屋行こうか。」
前を向いたまま呟かれる言葉。
「…お前、楽屋無いじゃん。」
「…外、行こう。」
立ち上がり、顔も見ずに手を引かれる。
普段なら拒否するだろうその手を、今は振り払うことができなかった。


屋上に上がり、扉を開ける。
目の前には雨のカーテン。
飛沫が掛かりそうなほどの距離に立つ。
多少の濡れさえも気にしない。
繋いだ手を離そうともしない。
何も話さず、ただ並んでじっと外を見つめるのみ。
少し肌寒くなったなら、お互いの手からぬくもりを感じる。

少し高い位置にある肩に頭を傾ける。
大きく息をつくと、心地よい声が入ってくる。

「落ち着いた?」
心まですんなりと届く静かな声。
「もうちょっと。」

すぐに手放すには贅沢すぎる時間。
ただじっと、相手の鼓動ばかりを聞く。

それでも、仕事が気にならないわけではない。
「あと何分?」
「気が済むまでいればいいじゃん。」

そっと体を寄せる。もっと相手を感じられるように。
繋がれた手が解け、肩を抱かれる。



心に春がやってきた。







春嵐、春愁をよぶ







2006.4.20UP
東京は、今日まさに春の嵐でした。
それを見ていて突発的に思いついた作品です。
なかなか聖奈らしい気がするのですが・・・。