旅立ちの日
−森君の事を聞いてもいいですか?−
…はい。いいですよ。いいですけど、僕は取り乱すかもしれません。
強い光を宿した瞳を一瞬伏せた時、彼は何を考えたのだろうか。 今、微笑みを浮かべながらじっと見てくる彼の瞳からは何も読み取れなかった。 完璧な鎧を身に纏ったその姿に「取り乱す」という言葉は不釣り合いだった。
照れても、驚いても、涙目になったと騒いでも、今の彼にはいつもどこかに余裕があった。
それは彼の成長の証でもあり、積み上げて来た実績故の自信でもあり、努力の結果でもあるだろう。
ただ、インタビュアーとしては、もう一度あの素顔を引き出したかった。 カメラの前でさらけ出したあの素顔を見たかった。
「15周年」をキーワードにインタビューを進めていく。
「文字になると、読み手によって意味の捉らえ方が変わるから、雑誌には当たり障りのない事しか言わない」
彼は以前話していた通り、言葉を選んで、慎重に答えを返して行く。 それは、インタビュアーとしては喜ぶべき事ではなく、いつしか彼と対戦している気分になっていた。
−素顔を引きづり出せるか、押し隠せるか。−
「昔の事ばかり聞いてすみませんね。嫌な事思い出させてますかね」
「いえ。大丈夫です。確かに当時はきつかったですけど、思い出したくない過去でも、恥ずべき過去でもありませんから。 あの頃があって、今があるんです。だから、大丈夫ですよ。続けてください」
緩やかに先を促す彼。 その目には曇りがなく、何かを見透かされてる気分になった。 ただ、やっぱり何かが足りなかった。彼の素直な感情が見たいと思った。
「では最後の質問です」 「とうとう本題ですね」
彼は大きな瞳をくるんと回しておどけてみせた。 こちらはその通りだと認めて苦笑いするしかなかった。
「森君との事についてお聞かせ下さい。彼との今の関係を一言で表すと何ですか ?」
「メンバー…ですね。友達でも家族でも仕事仲間でもなくて。メンバーはメンバーでしかない唯一の存在ですね。 ま、後の四人もそうだから、唯五の存在って言うのかもしれないですけど」
彼はそう言って笑うと、一気に顔を引き締めた。 「それは森がSMAPを辞めたからといって変わることはありません」
照れ屋の彼は自分の想いをそのまま伝える事を嫌がるが、最後までその言葉を笑いに変える事は無かった。
「森がやめた後の関係について聞きたがる方が多くいますけど、何も変わりませんよ。 皆さんも中学の時の友達とか、大人になったからと言って他人になる事はないですよね? 多少疎遠になっても会えば、またすぐ元の関係に戻れたりしませんか?それと一緒です。 何も変わりません。」
はっきりと言い切り、息をつくと彼は少し目を細めた。
「ま、当時はショックでしたけどね。 今、思うと、大切な奴の新しい門出を笑顔で送ってやれなかったなんて、俺も子供ですよね。」 「でも、あの涙に感動した人は多いですよ」 「そうですか。」
少し恥ずかしそうに下を向いた彼は 「でも、後悔はしてません」 と前をしっかり見て言った。
「あれがあの時の素直な気持ちですから。 変な話ですけど、森もあの時俺が泣いたのが嬉しかったって言いますしね。」
「最近カメラの前で素直な感情を見せたのはいつですか?」
勝負をかけた質問は彼にはバレバレだったのだろう。
「いつも素直な反応をしてますよ。 俺、バカだし、演技とか苦手なんで、そんな計算した反応なんてできませんよ」
綺麗に笑ったその顔が、今日の取材はもう終わりだと告げていた。 「あ〜!森に会いたくなって来たな〜!」
立ち上がり、伸びをしながら言った彼の顔は輝いていた。 能のない書き方をして許されるのならば、こう書こう。
−彼の笑顔は眩しい程輝いていた−
僕は彼に伝えたかったのかもしれない。 有りのままの姿を、素直な感情をそのまま見せてもいいんだと。そう伝えたかったのかもしれない。 しかし、鍵
の付いた彼の心のドアをこじ開けるのは無粋な事だった。 彼の心の内は、彼が見せたいと思う人のみが分かっていればそれでいいのだ。 そして、きっと彼がそう思う人はすぐ近くにいるのだろう。 でなければ、あんなに透き通った瞳のままでいられる筈がない。
キラキラとまぶしい笑顔に、僕はしばらく見とれていた。
|
|