―もう戻らない あの瞬間(トキ)を想う―

 

大切な人を失った後、もう一度声を掛けられるなら、それが許されるなら……。

なんと言おうか。

愛の言葉、謝罪、日々の報告。面白いことを言って笑わせようか。

それとも、何も言わずに抱きしめた方がいいか。

しかし、結局口に出るのは、相手を気遣う言葉ではないだろうか。





 

廊下を歩いているお前を呼び止める。

いつものように俺より少し先を歩くお前の背中。華奢なようでしっかりしていて、全てを受け止めそうでいて、全てを拒絶する背中。その背中に手を掛け振り向かせる。

 

 

お前の体調の悪さに気付く奴はできたか?

お前の気遣いに応えてくれる奴はいるか?

お前の人見知りを受け止めてくれる奴は見つかったか?

 

全ての頭に「俺以外に」がつく。更に付け加えるなら、「俺がいなくても平気か?」そう聞きたい。

そんな風に問いかけたら、きっとお前はこう言うだろう。俺の質問には答えずに

 

お前の負けず嫌いに付き合ってくれる奴は?

 

傲慢だろうか。しかし、お互いにしかそれができる人がいないと気付いた後だからこそできる質問。

NO」と、「YES」とどちらの答えを期待しているんだろう。「YES」が返ってきたらどんな顔をすればいいんだろう。きちんと喜べるだろか。そもそも、喜ぶのが正解なんだろうか。

 

でも、全ては終ってしまったことだ。

もう、そう聞くこともできない。

全て失ってしまった。

 




また、あいつは顔をゲッソリとさせて入ってきた。いつ倒れてもおかしくないような体を作り笑いでごまかして、そつなくこなしていた。当たり障りがないように。

 

「お前な、いい加減にしろよ!体調悪いなら言えよ!自分の体は、自分で管理しろよ!」

「木村だって、自分の満足のために人を付き合わせるのやめろよな。なに一人で頑張っちゃってんだよ!」

「は?お前、何言ってんの?精一杯頑張って何が悪いんだよ。しかも、話ずれてるだろ。責任逃れしようとする奴に言われたくないね!」

「うざいんだよ!一人でいいかっこしやがって。あと、俺の体はほっとけよ。いいだろう。木村には関係ないんだから。」

「関係なくないだろ。心配してやってんだぞ。」

「頼んだ覚えはありません!」

「じゃあ、勝手にぶっ倒れとけば?」

「そうします!木村も俺から見えないところで、勝手にヒーローやってな。」

 

 

久しぶりの喧嘩だった。売り言葉に買い言葉。思っている以上の言葉が口から出て行く。いつものように理由なんて特にない。どちらかが少しイライラしていて相手に当たった。その程度だ。

でも、形は最悪であれ、意見をぶつけ合えるのはいいことだと、今なら思える。本気で言い合える相手なんて、そうは見つからない。

 

それを失ってしまったのか…俺は。

 

「本当に倒れるよ、彼。」

「心配なんでしょ?」

「見に行けば?」

 

3人からの言葉。それを素直に受け取っていれば、「じゃあ」といって見に行っていれば、失わずに済んだだろうか。すぐに追いかけていれば…。

 

しかし、3人の想い、そして俺と、おそらくあいつの本音に反して、結局は呼びに来たスタッフについてスタジオに入り、終わった頃には日付が変わっていた。

 

知らされたのは、部屋を出て行く背中を憎らしく思いながら見送った8時間後。

夜中に縁起が悪いと思いながら出た電話。強張ったマネージャの声。何を言っているのか理解に苦しんだ。事故。救急車。病院。

あの時…。どうして…。なんで…。あそこで…。後悔ばかりが頭を駆け巡る。

 

 

―もう戻らない あの瞬間(トキ)を想う―

 

 

「木村?」

自分を呼ぶ暖かい声に気付く。

「どうした?」

聞き覚えのある声。失ったはずの…。

「中居?」

涙で濡れていた頬を、また暖かいものが流れていく。

「ちょっ、ちょっ、ちょっと。ちょっとたんま、何?大丈夫か?」

慌てる中居に妙に安心した。

 

夢だ。

どっちが?ここは?病院?中居の手に巻かれた包帯が意識を呼び起こす。

 

「なんかさ、重いと思って、目ぇ覚めたら木村がいたの。気持ちよさそうに寝てたからほっといたんだけど。そしたら、苦しんで泣き出したからさ。どーした?」

「何でもねーよ。お前の怪我のせいでスケジュールがめちゃくちゃになって毎日辛い夢見たんだよ!」

とっさに嘘をつく。

夢だった。失ってない。ここにいる。暖かい存在をすぐ横に感じた。

「なんだよ、それ。」

くくっと中居が笑う。瞳の奥に心配そうな影を潜めながら。

「なあ、お見舞いは?ないの?もしかして持ってきてないの?」

そう言って、見せる子供っぽい表情は俺を気遣っている証拠。

「ちゃんと持ってきたよ。ほれ、梨。」

「おお!むいて、むいて。な、むいてー!」

わざとらしく振る舞い、様子を伺っている中居には申し訳なく思いながらも、顔がほころぶのを止められなかった。

「何、無理やりテンション上げてんだか。そんなんだからかえって疲れるんだろ。ろくに寝てもなさそうじゃん。病院でクマ作ってどうすんだよ!」

軽口を叩ける幸せを感じる。

「うん。」

中居は素直に頷いた。人見知りな上に気遣い人の中居のことだ。医者や看護婦にまで気を遣ってんだろう。

「も、ちょっと寝るかな。…から、そこに……い…」

「て」だったのか「ろ」だったのか…。

どちらにしろ驚くほど素直な言葉だった。それ程不安だったのだろうか。

それにしても、人の見舞いに病院に来て、そいつが死んだ後の夢を見るなんて縁起が悪すぎる!しかも喧嘩別れしたまま迎えるなんて、とんでもない!

よほど心配した証拠だろうか…。それとも…。中居の寝顔を見ながらそんなことを考えていたら、

「木村?」

いきなり呼ぶからびっくりする。

「お前な…寝ろよ。」

照れ隠しに怒った顔を作る。

「ん……あのさ……ありがと。」

体中が熱くなった。そして、失う前に言いたい事を言えるこいつを尊敬してみたりもした。

 

相変わらず、可愛い寝顔をしている。睫毛が影を作って人形みたいだ。

 

いつか後悔しないように、この顔を見守ろう。

大事だと、胸を張って言える存在がいることに誇りを持とう。

 

 

―もう戻らない この瞬間(トキ)を生きよう―

 





2003.12.18up
一番最初のお互いに聞きあうフレーズがまず浮かんできて
最初は解散後のお話にしようかと思ったんですけど、お話の中でもその設定は
嫌だ、と思って…「死」というあり得ないと思える設定にして見ました。
で、更に木村君の夢の中という風に現実離れさせて見ました。
「離れて余計に必要だと感じる」って設定好きなんですよね(笑)
それにしてもここに載せる第一作目からくら〜い。