吾郎さん、買い物に付き合って欲しいんだけど。」

剛が吾郎の家にやって来た。

「ああ、いいよ。何買うの?」
「いい湯呑みが欲しいんだよね。」
「湯呑み?」
「そう。」
「そっかぁ。どこに行こうか。」
「どこかいい所知らない?」

外の夏の暑さをはらんだ空気を無視して、二人の穏やかな時間は進む。

「とりあえずお茶飲んでから出かけようか。」
「いいねぇ、吾郎さん。」
「剛さんは、少し温めのお煎茶が好きだったよね。」 
「うん。…照れるなぁ。」
「ん?」
「剛さんって照れるよ」

頬をピンクに染めた剛を見て吾郎が微笑む。 

「僕だって最初は恥ずかしかったよ。吾郎さんって呼ばれるの。
 今じゃ、すっかり馴染んだけどね。」
「うん。吾郎さんは吾郎さんって感じだよ」
「じゃあ、剛さんも剛さんって感じになってくるよ。」
「そうかな?」

おしゃべりしながら、吾郎が丁寧にお茶を入れる。

「これ、共演した方から頂いたんだけどね。」

そう言って吾郎がお茶とそれに合うお菓子を出す。

「ありがとう、吾郎さん。夏の暑い日に熱いお茶飲むの、僕結構好きなんだよね。」
「あ、剛もそう?水出しのお煎茶を冷たくして飲むのもいいんだけどね。
 ガラスのコップにグリーンが綺麗でね。」
「そうそう。見てるだけで涼しくなってくるよね。」
「やっぱり、そっちにすればよかったかな?」

吾郎が少し残念そうな顔をしたので、剛があわてた。

「そんな事ないよ、吾郎さん。このお菓子には熱いほうが合うし、
 この温度、本当に僕の好きな熱さだよ。」
「そう?じゃ、よかった。」

そしてまた二人で微笑みあう。

ゆっくり、ぽつりぽつりと会話を交わす二人は、車で出かけることに決めたらしい。
駐車場まで並んで歩く。

「吾郎さんに運転させて悪いね。」
「剛さんの運転は怖いからね。なーんて。」
「もう!3人みたいなこと言わないでよ。」

そんな掛け合いでさえ、のんびりと行われる。

パンを買うならここ。和菓子ならここ。家具ならここ。ライトはここ。
お互いにお勧めのお店を紹介しながら車は目的地へ進む。

「あ、ここだよ。着いた。」
「へぇ。可愛いお店なんだね。」
「うん。骨董とかはないけど、そういうのが欲しいわけじゃないよね。
 結構手軽でいいものが揃ってるんだ。」

そういうと、吾郎は「こんにちは」と店に入っていく。それに倣って剛も続くと、
人のよさそうな店主が、こちらも柔らかな笑顔で迎えてくれる。

そう広くない店内を、しかし、じっくりゆっくりみて回ると、剛の手の中には二つの湯飲みが収まっていた。

「どっちかな?どっちがいいと思う?」

両方買うことは考えずに、二つを差し出し、吾郎に意見を求める。

「そうだね。お茶だけ飲む時ならこっちだろうけど、食卓に並べることを考えるならこっちかな。
 和食にも洋食にも合う気がするよね。ただ、ちょっと寂しい感はあるけど。」
「そうだよね。」

それから、二人は暫くの間、意見を交換しながら小さな二つの湯飲みをじっと見ていた。
人のよさそうな店主はその様子をじっと見つめ、嬉しそうに目を細めていた。

「うーん。やっぱりこっち!」

最終的に剛は片方を選び、店主の元へと嬉しそうに持っていった。
その後姿を見ていた吾郎は、ふと目を大きく見開くと、嬉しそうに鼻歌を歌いだした。

「どうもありがとうございました。」
「お邪魔しました。」

頭を下げながら丁寧に挨拶をする。


「よかったぁ。いいのが買えたよ。有難う吾郎さん。」

剛は車の中で買ったばかりの箱を手にはしゃいでいる。

「そう。よかった。剛さんが気に入ってくれて。ついでにさ、行きたいところがあるんだけど、いいかな。」

吾郎はスムーズに車を進めると、慣れた様子で駐車スペースへと運んだ。

「よかった。さっきのお店とそう離れてなくて。」
「ここは何のお店なの?」
「ま、いいから。」

くすりと笑う吾郎の後に続く。

「ん・・・どこだったかな?」
「何を探してるの?」
「ま、いいから。」
「吾郎さん、そればっかりだね。」

にこにこと剛が返す。何か考えていそうな吾郎の様子が楽しいらしい。

「あ、あった。」

そういうと、吾郎は突然剛の視界をさえぎった。

「え?何?吾郎さん。」
「ちょっと目つぶってて。」
「え?」
「いいね。剛。見ちゃダメだよ。分かった?」
「うん。」

いきなり強い調子で言われ、しかし、剛は素直に従い両目を覆った。
吾郎の気配が遠ざかっていくのを感じたが、そのまま放って置くといった意地悪をするタイプでもない。
信じて、じっと目を閉じる。

目を閉じていると人が近づいたり遠ざかったりするのか敏感に伝わってくる。
(目を閉じて、じっと立っている僕にみんなは気づくだろうか?)
(なんと思うだろう。)
(収録だと思ってくれるといいな)
など思いながら、じっと吾郎を待つ。

その感覚に慣れた頃、いつも側にある香りと温度を近くに感じた。

「吾郎さん?」
「はい。もういいよ。」

小さな包みを渡される。

「お誕生日おめでとう。剛さん。」






ドライブを終え部屋に戻る。吾郎から貰った包みを開けると、そこには、お茶碗、お箸、お箸置きが揃って入っていた。

「あ、さっきのお湯飲みにぴったりだ。」


















「ありがとう。吾郎さん。」
「どういたしまして。」
「ふふ。」
「何?」
「さっきまで会ってたのに、こうやって電話で話してるの、おかしいね。」
「そうだね。でも、いいんじゃない。」
「そうだね。」