それはまだ雷が怖かった頃。僕にはもっと怖いものがあった。

それは手。頭上からいきなり降ってくる手。体の割に大きな手。いや体が小さい
からこそ大きく見えるのかもしれない。とにかくその手が怖かった。
けれど、本当に怖かったのは降ってくる手ではない。僕の手を、強くにぎりしめ
ていた僕の手をパッと離されるその瞬間が怖かった。

痛いくらいに強く繋がれていた筈の手。



















「ねぇ、中居君。」
「んだよ」
「手、痛いよ」
「迷子になったら困るだろう」

一本道の廊下で迷子になる筈もなかった。確かに、同じようなスタジオばかりが
連なるテレビ局はわかりやすいとは言い難かったが、それでも毎週きてれば勝手
もわかってくる。

「痛いよ」

もう一度訴えてみても、それはあっさりと無視されて、僕は小さく呟いた。

「痛いって言ってるのに」

大きな手が勢いよく振り下ろされない程度に小さく、それでも自分の訴えが耳に
入る位には大きく。

誰も何も言ってくれなかったが、もう文句を言うのはやめておく。本気で怒らせ
ると、窓の外でごろごろ言ってる僕の大嫌いな雷よりずっと怖いから。

僕は手を引かれて引っ張られながら回りを見る。中居君の横を歩くのは木村君。
口がへの字になっている。僕の後ろには剛君。ちょっと泣きそうな顔になって
いる。その横にいるのは吾郎ちゃん。いつもとそんなに変わらない顔。それでも
お喋りしないで黙って歩いてる。僕の横には森君。怒ったような困ったような顔
をして、それでも

「慎吾。ちゃんと前向いて歩かないと危ないよ。」

と僕に注意する位の余裕はあるらしい。四人の顔がこんなだと言うことは…

やっぱり森君の声に反応して僕を見下ろした中居君の顔は怖かった。

「うん」

何も言われないうちに返事をする。その時、

「あ……」

吾郎ちゃんが呟いた。(何?)と思った途端

ピカッ ゴロゴロ ドーン

「わーっ!」

僕はびっくりして中居君に引っ付いた。雷は大嫌い。

何度も繰り返す

ピカッ ゴロゴロ ドーン

に僕がギュッと握りしめた手の力は相当強くなっていたらしい。

「おまえ、怪力だな」

呆れたような中居君の声が聞こえて来た。

「怖いなら両手で中居君の手を握るより耳でもふざいでればいいのにね」
「だって怖いもん」
「雷で泣くなんて慎吾もまだまだ子供だね」
「いいでしょ!」

僕の両手はまだ中居の手を握りしめていて、それでも雷もおさまりかけてたし、
なんだかぴりぴりしていた空気も和んでいたから、手を離そうかな、そう思った
時、いきなり中居君の方から手をパッと離してきた。急に手の中にあった温もり
を失って僕は、顔を上げた。こんな事をされると僕の心は不安でいっぱいになっ
てしまう。

中居君の前には、さっき僕達が出てた番組の偉い人が立っていた。怖い顔をして
いたから、僕は慌てて中居君と手を繋ごうとしたのに、中居君は僕の手に捕まら
ないように自分の手を引っ込めた。

「木村。四人連れていって。」

僕は森君の方に体を押されて、森君の手が僕の手を握った。森君の手もたくまし
かったけど、やっぱり中居君のとは違った。

「中居君」
「森と行け」

中居君は僕の方を見なかった。





そんな事が小さい頃はよくあった。
中居君が一人で、時々は木村君と二人で大人の人と何を話してるのかその頃の僕
にはわからなかったけど、強く握られていた筈の手を突然離されるのは怒られる
よりずっと怖かった。
















雷が鳴っている。今日は「局地的に大雨」が降るらしい。赤いような黒いような
空は、僕を不思議な気持ちにさせて、何故か昔を思い出させる。


それはまだ雷が怖かった頃。


その頃、なによりも頼りにしていた手が今も目の前にある。


「中居君」
そう言って手を取ってみる。

「ぅわ!何、お前」
中居くんは、心底驚いて腕を胸の前でクロスしようとして、でも、片手を取られ
てるからそうできなくて、今度は心底嫌そうな顔をした。

「気持ちわりぃ。なんなんだよ!」
「昔はいつも手、繋いでくれたなって思って」
「は?何、お前。もういくつだよ。」

僕は中居君の嫌がる顔なんて完全に無視して手を繋いで歩く。

「何やってんの?」
と言った木村君が中居君の左手を取って、
「仲良しだね」
と言った吾郎ちゃんがその左手を取った。
「僕も入れて貰おうかな」
とつよぽんが僕の右手を取って五人の手が繋がった。

中居君を中心に手を繋いだ僕らは真ん中の人以外はみんな笑顔だった。

「中居君も笑ってよ」
「やだよ。なんでお前らと手、繋いで歩かなきゃいけないんだよ」

スタジオまでの道は短かったけど、すっかり大きくなった僕には充分な長さだっ
た。






「先に手を繋ぐの嫌がったのお前だろ」

最後に聞こえて来た声には無視をした。











2006.6.2UP
雷が鳴ると雷の話を書く単純な聖奈です。
タイトルは雷が鳴る前の黒いような赤いような青いような色をした空から取りました。
あの空の下、歩いていると、なんだかとっても不思議な気分になります。