「嘘だな。」 それは拒絶だった。否定というよりも拒絶。木村にはそう感じられた。 「無理」と言うよりは「嫌」に等しい言葉。そして、それより木村を傷つける言葉だった。 中居は熱心に本を読んでいた。いや、読んでいるフリをしていた。もっと正確に言うならば、木村が入ってくるまでは本当に読んでいた。それが「フリ」になったのは、木村が感情たっぷりに歌を口ずさみながらこの部屋に入ってきてから。体の左半分で敏感に木村を感じながら、右半分では頭に入ってこない文章を追っていた。 そのフリに騙されるフリもできたが木村はしなかった。区切りのいいところまで歌い続け、そして言った。 「俺も中居の悲しみとかそういうの全部知りたいんだけど。」 中居は何も答えないかと思われた。 沈黙が流れ、それは決して心地よいものではなかった。普段、二人の間に流れているものとは違った。 限界が近づいた時、「嘘だな」ひとこと言葉が放たれた。そして、それは木村の胸に深く刺さった。 「どういう意味だよ。」 語調が強まる。 「木村には俺の気持ちはわからない。」 「そんな事ねーよ。」 「木村には俺の気持ちはわからない。」 同じ言葉を繰り返す中居に木村が苛立つ。 「意味わかんね―よ。だから、分かりたいって言ってんじゃん!」 「分からないものは分からない。」 「は?」 「家族の次だろ?それじゃわかんねーよ。」 「何言ってんの?」 「木村が俺のことを考えるのは、家族の次だろ?そんなんで俺の気持ちが分かるかよ!そんな中途半端な気持ちで分かるほど、俺は単純じゃねーよ。」 我が儘。自己中。やきもち焼き。 からかう事は簡単だった。 ただ、中居も木村もそれを望みはしなかった。 「あの時、俺を避けたのはお前だろ?」 木村の声は水面に漣も立たないほど静かだった。 「距離を置いただけだろ?中途半端な気持ちなんていらないんだよ!現に、すぐ向こうを選んだじゃないか!」 「本気の想いなんて受け入れられなかったくせに!いつも俺から逃れようとしてたじゃないか!苦しかったんだろ?重かったんだろ?嫌だったんだろ?」 「違う!」 思わず叫んだものの口はそれ切り開かなかった。それ以外に言葉が出なかったのは、違わなかったから。木村の言う通りだったから。確かにあの時の自分はその重みに耐えられなかった。 「ほら、見ろ。選ばせてもくれなかったくせに。」 「・・・結婚するなんて思わなかった。」 ひとり言のように呟かれたその言葉は二人の胸に刺さった刃(ヤイバ)だった。 引き抜くこともできず、近づくほどに、お互いに深く突き刺さる。 選べなかった想いと、選ばれなかった想い。 避けられた現実と、避けてしまった現実。 そして、愛されていないのではという不安。 いつしか、一定の距離を保つ事を二人は身に付けた。 それが、これからも一緒にいる為の術(スベ)だった。 が、そのささやかな距離が二人を凍えさせた。 肌を寄せ合っていれば感じられたぬくもりを得る事ができずに。 近づけば傷つけあい、離れれば身も心も千切れるのを感じる。 もどかしさが彼らを襲い、果てしない口論を生んだ。 「今更何言ってんの?」 「やっぱりココニイナイコトを最初に決めたのは木村じゃん!」 「そうさせたのは中居だろ!俺は中居のヨコニイルコトを拒否されたから!」 「自分の結婚を俺のせいにするなよ!」 「してねーよ。別に、今、幸せだし。間違ったなんて思ってねーし!」 「じゃーいいじゃん。木村は家族を一番に考えて、俺は木村以外の奴に全てをわかってもらう。それでいいだろ!」 「何で俺じゃダメなんだよ!」 「なんで俺が二番目に考えられなきゃいけないんだよ!二番目なんてやなんだよ!」 ソバニイタイ ココニイタイ それが二人が気づいた事。 妥協は2人には似合わない。 微妙に開いた距離が二人を苦しめるなら、少しの隙間が不安を募らせるなら、それなら、突き刺さる刃なんて気にしなければいい。 抜くと血が出るのなら、抜かなければいい。ずっと、一つの刃に貫かれていればいい。 痛みも感じないほど、そばにいればいい。 だから二人は離れない。 血を流しながらも、彼らは笑う。 痛みさえも笑いに変えてしまえるから。 二人でなら。 |
2004.6.1 UP
かなり色んな意味でブラックなのでUPを悩んだんですけど、
こんな形で乗せてみました。