ルシファー 雪組
堕天使の涙
タランテラ!

2006年12月1日
於・東京宝塚劇場



 パリのサロンに現われた、妖しい魅力のダンサー。彼は地獄から来た堕天使ルシファーだった。人間の持つ虚栄心や欲望と言った弱みにつけこんで、翻弄される人間たちを冷たく見つめる。なぜ神は人間などというものを創造したのか、神の気持ちが分からず、神の愛も受けられず、孤独と悲しみにくれるルシファー。だが、苦難の中にあっても、他人を愛し許す人間もいた。苦しみ悩み、そして愛し許す、それが人間なのだと気づいたルシファーは、人間界を去っていく。

 プロローグの「地獄のルシファー」から、クリスマスイヴのラストシーンまで、どこも1枚の絵画を見ているような美しい舞台で、さすが景子先生。華やかなセットもいいのだけれど、セバスチャンとイヴェットのパリの街角のシーンは、2人の影がセットにうつるのが、なんとも素敵でした。幕開け、いきなり「地獄のルシファー」だったらもっと素敵だったのに・・・。

 ルシファー、朝海ひかる。他人を寄せ付けないクールな雰囲気、中性的なルックス、素直に表現できない屈折した愛情。こむちゃんのイメージがそのまま役になったような、当たり役でした。人間の弱みにつけこんで翻弄するというのは、「スカウト」の悪鬼にも似ているけれど、ルシファーは冷めた目で見ているだけ。神に愛されたいのに愛してくれない、自分が神を愛していることを認めたくない、だから神に復讐すると言うすねた感情は、分かりやすいくらいよく分かる。今まで苦手だったこむちゃんのうちにこもった暗いオーラが、今回役にとてもよく合っていて、トップになってはじめてよかったと思えました。
 ルシファーは、「悪魔メムノック」(インタビュー・ウィズ・ザ・バンパイアの続編)のメムノックに似ている。

 ジャン・ポールの水夏希。普通の青年かと思っていたら、随分複雑な家庭環境を持っていました。生まれたときから母に憎まれ、双子の妹は栄光からどん底へ。だから「暗い目をしている」とルシファーに言われるような斜にかまえた人間になってしまったようだけれど、そこまで暗く見えなかった。影のある役が格好よく決まると、ファンとしては嬉しいのだけれど。
 生活態度はあまりよくないようだけれど、妹に対してはとてもやさしい。ルシファーが淡々とした役なので、ジャン・ポールの人間らしさが際立ちました。

 リリス、舞風りら。栄光をつかみかけながら母親にどん底まで落とされ、目も見えず、自殺未遂で瀕死の状態。こんなにぼろぼろなのに、透明感があってけなげ。思わず涙を誘われました。まあちゃんの集大成ですね。
 ルシファーとは恋愛対象になったりするわけではないけれど、神に心を閉ざし、人間に嫉妬していたルシファーの心を開いた、本当に大きな役割の女性。リリス=悪魔の女というより、マグダラのマリアのよう。ラストのデュエットダンスがとても綺麗でした。

 ルシファーに翻弄される人間たち。皆役にとても合っていました。
 スランプの作曲家エドモン、壮一帆。親の七光りで名声を得ているものの、実力が伴わず苦しむ。弟子の作品を盗作するようそそのかされ、堕ちるところまで堕ちていく。野心家というわけではないけれど、今の評判を失うのも怖くて、一番運命にもてあそばれた感じがする。

 エドモンのゴーストライターにされるマルセル、彩那音。一番かわいそうな人。なまじ才能があって、自分のボスが権力者。芸術家にとって自分の作品を奪われるのは耐えられないだろうし、それが自分の尊敬していた人だったら尚更。挙句の果てに命まで落として。

 プリマの夢にかけるバレリーナ、イヴェットの大月さゆ。降ってわいた幸運に、恋人と別れてでも自分の夢を追いたい。人間誰しもチャンスがあったら夢に向かって羽ばたきたいと思うのは当然だと思うので、そんなにひどいことをしているとは思わないのだけれど・・・。それほどのダンサー体型に見えないところも、周りのバレリーナがいじめるのは、彼女の抜擢が腑に落ちないからなんだろうなと思える。

 イヴェットの恋人セバスチャン、音月桂。自分の夢は怪我でついえてしまい、彼女にも去られ、それでも他人を呪うことはしない。きむちゃんは何を演じても上手だけれど、こういう等身大の青年の役をやっていると、無理なく共感できる。最後はイヴェットの夢を応援するかたちで身を引いて、押し付けがましくないのに男らしい。

 ジャン・ポールとリリスの母ジュスティーヌ、五峰亜季。愛する男とは結ばれず、出産でプリマの地位も失い、逆恨みから子供たちを憎み続ける母親。娘が自分以上の才能でプリマになろうとするのを阻止し続け、アクシデントとはいえ失明までさせて、息子の作品も中止させる。バレエは失ったかもしれないし、愛した男とは結ばれなかったかもしれないけれど、それでも今自分を愛してくれる夫もいて、地位も美貌も持ち合わせている。満足してもいいはずなのに、若い頃の挫折にずっと素直になれない人間の弱さ。ひどい母親なのだろうけれど、どこかこの弱さに共感してしまいます。

 ルシファーの付き人サリエルの凰稀かなめは、正直こむちゃん以上に、これぞ天使という綺麗な姿でした。

 人間生きていればつらいこともあるけれど、恨んでばかりではつまらない。嫌なことは流して(許すほどに人間大きくなれそうもないから)、いいことを見つけていこう。そんなふうに思える素敵なラストでした。