海と夕陽と彼女の涙
ストロベリーフィールズ

 

 

まだ見ていない人

和歌山県田辺市の高校に通う夏美(佐津川愛美)は、友達もできず教室で孤立していたが、柔道をやっているマキ(谷村美月)のファン。マキがインターハイの試合に出ることになり、クラスメートである夏美と美香(東亜優)と理沙(芳賀優里亜)が試合の応援に行くことになる。だがその途中交通事故にあい、マキと美香と理沙が亡くなる。彼女たちは通矢の夜、幽霊となって戻ってくるが、3人が見えるのは生き残った夏美だけだった。3人は心残りのことをしなければならないが、死神が迎えに来る時間が迫ってくる…。

BS-iの「怪談新耳袋」の監督や、「理由」のメイキング映像の演出などを手がけてきた、太田隆文氏の初の劇場用監督作品です。91分と長くない時間の中にいろんなエピソードが詰め込まれていて、あっというようなハイペースで話が進み、全く退屈することがありません。
しかも、上映開始から約20分という早い時間で涙がこぼれ、エンドクレジットまで何度も泣かされ、ほとんど涙が乾く間がなかった映画なんて、僕がこれまで見てきた映画の中でも初めてかもしれません。

映画には所々日常の何気ない風景がインサートされていて、これがありえないファンタジーを地に足が着いた話に感じられる役割をしています。太田監督が影響を受けたという大林宣彦監督は、「転校生」や「さびしんぼう」というようなファンタジーの作品をよく撮っていますが、この人の映画もそうだったように思います。
大林監督の映画では、尾道のような古い町並みがリアル感を出していました。この「ストロベリー」の舞台は、太田監督の故郷である和歌山県の田辺で、やはり古い家々が目立つ町です。そういう落ち着いた雰囲気が、主人公の少女達の寂しい心に上手くマッチしているように思いました。

夏美たちは親から成績のことを言われたり、兄弟と比べられたりしますが、その姿は映画公開の少し前、2006年の7月に起きた奈良の高校生の一家放火殺人事件や、大阪での息子が母親を殺害した事件を思い起こさせました。
映画はそういう事件をヒントにしているわけではないでしょうが、子供たちが大人たちの偏狭な価値観の犠牲になるのは普遍的な出来事でしょう。もし事件の当事者たちがこの映画を見ていたら、結果は違ったものになったかもしれません。

死神が初めて登場するシーンは音の演出に恐怖感が出ていて、太田監督の「怪談新耳袋」を思わせました。このシーンだけでも、最近目立つヘタレ邦画ホラーを越えています。
その死神は存在感があり、単に少女たちを追い詰めるだけでないキャラであるのが好感が持てました。ただその姿、「スター・ウォーズ」サーガの銀河皇帝を連想してしまうのですが…。

主人公である夏美は、当初は引っ込み思案なキャラで主役らしくなく、初めのうちはマキの方が主役に見えます。しかし夏美が自分の役割を自覚するに連れて、段々彼女の存在が重くなってきます。いい映画というものはキャラクターの成長が見えるものですが、「ストロベリー」はその好例です。
夏美を演じる佐津川愛美は映画「蝉しぐれ」以来、「ギャルサー」など連ドラでチラホラと顔を見せている注目株の若手女優で、この映画での彼女は弱々しさの中に芯のあるキャラクターがハマっています。
今回の佐津川愛美は、「ストロベリー」の前に撮影していた連ドラ「がんばっていきまっしょい」での日焼けがまだ取れなくて色黒気味なのですが、それがかえって地方の女のコぽい(偏見?)、健康的な感じを受けます。

マキを演じる谷村美月は、最近は「笑う大天使」などチョイ役が多くて作品に恵まれない感じがしますが、この「ストロベリー」では圧倒的な存在感を見せています。目力が強いので「カナリア」のような、主張の強いキャラクターが似合うのかもしれません。

理沙はいじめっ子という、主人公グループの中では異色の役どころです。仲間の中に理沙のような反発するメンバーがいるというのは、先ごろ公開された「海猿:LIMIT OF LOVE」がそうであったように、その心情の変化が感動を呼びます。理沙はけっこういいとこ取りのシーンがあり、隠れた主役と言えるかもしれません。
その理沙を演じる芳賀優里亜は、「仮面ライダー555」でも当時中学生とは思えない抜群の演技力を見せてくれました。ただ「仮面ライダー」で出てきてしまったせいなのか(男はブレイクしますが、女優はまだいないのでは)いま一つメジャーな作品に恵まれないのは残念です。

美香役の東亜優は主人公の少女グループ4人の中でただ一人、この作品の前に出演作が無くて実質「ストロベリー」がデビュー作となりますが、存在感は他の3人に負けていません。放映は「ストロベリー」公開より先になりましたが、「ストロベリー」撮影の後に作られたクドカンのシナリオである昼メロ「吾輩は主婦である」に出演し、他の3人に続く飛躍が期待できます。

夏美達の担任教師の役で伊藤裕子が顔を見せています。昼メロでヒロインをやったり、連ドラでヒロインに次ぐ地位の役をやったことのある彼女が、こういう低予算の作品に出るとは意外でした。好きな美人女優なので嬉しいのですが、出番が少ないのが残念です。
この人、ひところ顔を見なかったような気がするのですが、この映画を契機にしたように最近は、「ミラーマン」や「レガッタ」など映画や連ドラでチラホラ見るようになりました。

主人公達のよき相談役、鉄男を演じる波岡一喜は「パッチギ!」以来脇役が多いながらも出演作が続いていて、この映画でもお守り役としてしっかりと締めています。
また鉄男の幼なじみである夏美の姉・春美を演じる三船美佳は、出番が少ないながらもその上手さには驚き!で、バラエティに出てる場合じゃないでしょう。まあ、ドラマを作る人たちがこの人の良さを知らないのが問題なのでしょうけど。
その春美&夏美の母親を演じる吉行由美も、疲れた感じが妙に合っていました。「ミス・ピーチ」のメイキングで見られる、監督姿との落差に驚きます。

マキの父親や鉄男の子分を初め、他の役者たちもみんな上手くて存在感がありました。この映画ではプロもアマチュアも、役者はみんないい味が出ていて、ミスキャストは一人もありません。

映画は企画から完成まで5年もの期間がかかり、紆余曲折あったようです。しかしその5年の歳月がブラッシュアップの時間になり、映画がここまで良くなったのかもしれません。もしこれが普通の映画のように1年とか半年とかいう期間で完成していたなら、ここまでクオリティが上がっていたか分かりません。企画実現まで駆けずり回った太田監督は命を縮めたかもしれませんが、結果としては良かったのではないでしょうか。
2006年はまだ終わっていませんが、この出来と泣きの度合いの高さからいってこの映画、06年度のベストワンと言っていいでしょう。

そうでありながらこの作品、東京公開は1館のみで、しかもモーニングショーだけというやり方は、もったいなさ過ぎで理解できません。タイトルも「海と夕陽と彼女の涙」は余計だし、配給会社は何を考えてるんだろうなぁ(何も考えていなかったりして)。

 

 

すでに見た人

映画の91分間はあっという間に過ぎていきました。欲を言えば、マキや夏美たちが出発する前に鉄男と子分たちが彼女たちと親しい、ということが分かるシーンと、マキが夏美に、鉄男と酒を飲んだと語るくだりはあってほしいと思いました。ま、これらのシーンが無くてもおかしい、という感じはしないのですが。

 

 


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