その年、春はなかなかやって来なかった。
3月の降雪量が2月のそれを超え、梅の花も蕾を固く閉ざしたままだった。
雪が深々と降る中、薔薇が狂い咲きし、桜は開花の兆しを見せないまま葉を落とそうとしていた。



雪の中行われた入学式。
そこで彼らは出会った。
同じ学校、同じ制服、同じ学年、同じクラス。


「クラスメート」
始まりは唯それだけの関係だった。










中居と出会ったのは15年前の春だった。
同じ学年のクラスメート。始まりはそれだけの関係だった。
クラスの中の中居はいつも笑顔で、その周りには人が絶えなかった。

<クラスの人気者>

それ以外に表現する言葉を俺は知らない。
運動会でその中心にいる中居は、先生相手のいたずらでも、真面目な議題のHRの時でさえもその中心にいた。


<華奢な体と整った笑顔でみんなを魅了しながら>


俺以外のみんなの。いや、俺も魅了されたうちの一人であることには代わりない。

ただ、気付いていた。

<綺麗な笑顔にかかるレースのカーテンに>

<人懐っこい体から突き出す針に>

誰も自分の中に入れない、誰にも自分を見せない、
全てを偽って生きようとする中居が気になって仕方なかった。







「な・か・い・ちゃ〜ん。」
「あ??」
「世界史さぁ、これ以上ハンイ広くなったらやばくない?」

 あと1週間でテスト開始の日、中居は教室の真ん中で、お行儀よく制服を着、お行儀悪く机に座り、いつもどおり友達に囲まれていた。
 その顔はやはり笑っていて、
「おっ前さ、勉強しろよ〜」
 友達の頭をハタキつつも目は輝いている。頭の中では既にどうやって授業の進行を止めようかと作戦を練っているらしい。
「しょうがないじゃん。覚えらんないんだよ。お前と違って要領も悪いしさー。」
 愚痴る友達の声も聞こえているのかどうか疑わしい。

「じゃあ!隠れるか!」
「え?」
 期待していただけにありふれた作戦に調子を崩す。
「なんだよ。」
 その反応にわざと幼く膨れた顔を作る。
「だってさ……。」
「よし!」
 中居はそう掛け声をかけると、机から飛び降り、黒板へ向かう。
 そして、



『挑戦状!!大かくれんぼ大会!時間内に全員見つかったら、80点以上以上取ることを誓います!!
                                   高1 B組一同』
                       (先生チームにクラス半分残していきます)





 手早くそう書くと、パッと振り返り、クラス全員を見渡す。
 全員が手を止め、顔をあげると、そこには悪戯っ子の目の輝きと厳格な指揮官のオーラとを併せ持つ中居がいた。

「出席番号が奇数の奴は残れ。偶数の奴は俺について来い!いくぞ!」
 
 中居のその言葉に全員が従う。

「いい迷惑だ」
 そう思っていても思わず口をつぐませる何かが中居にはある。

「いきなりなんだよ」
 そう呟いても結局は参加することになった。


 かくして、授業妨害作戦は中居によって企画され、「中居だな」と苦笑した先生によって開始され、そして終業のチャイムが鳴る前に終わった。

「お前達が考えることくらいお見通しなんだよ。」
 実は同じ経験を持つ先生のこの言葉が終了の合図となった。
「先生ずるいっすよ。やった事あるなら言ってくださいよ。」
 中居は口を尖らせたが
「そっちが勝手に挑んできたんだろ?」
 と、軽くいなされていた。

 結果、全員80点以上取ることを誓わされたものの、物分りのいい先生によって、試験範囲はそれ以上広がらず、勝負は引き分けとなった。
 勿論、作戦の失敗を責めるものなどなく、笑顔が広がるクラスの中心には、やはり中居がいた。人一倍の笑顔で。そうやって中居は過ごしていた。
 




そして、俺は見ていた。そんな中居を。少し離れて。
ただ、そのときはまだ何も気付いていなかった。



壊れていく中居にも。
耐えている中居にも。










2004.3.24 UP