木村拓哉。
クラスメートその1。
特に仲良くも無い。
好きか嫌いかも分からない。
そんな存在のはずだった。
できればそのままでいて欲しかった。
こんなに近くに来ないで欲しかった。



なのに。




夏服に変わる前の学校。時折涼しい風がカーテンを揺らして入ってきていた。

「中居〜」
「うん?」
「悪い!今日掃除当番抜けていい?」
「マジで?」
「明日お前の分変わるからさ。頼む!」
「しょうがねえなぁ。どうせ、この後部活だし、いいよ。」
「サンキュー!また明日!」


こんな会話の後、音楽室に残されたのは俺と木村の2人きりだった。

「ったく、しょうがねえよなぁ。あいつの分、俺がやるからさ、木村適当で帰っていいよ。」
「うん、じゃあ。」

そういいつつ、木村はなかなか帰ろうとしなかった。

「帰らないのか?」
「ん?うん。・・・あのさ、お前さ、疲れない?」

これが、初めて交わした会話だった。
唐突に言ってきた「疲れない?」という言葉。
始めて聞いたかのように新鮮だったのを覚えている。そして、何か違和感を感じた事を。

「そうだよ。この後部活なのにさ。掃除まで押し付けられてさー。」
適当にごまかした。ちょっと不機嫌そうな顔を作って。

「だよな。」
まるで納得していない顔のまま木村は答え、しかし、それ以上はなにも言わなかった。




他の奴とは違う。
この時気付くべきだった。
気付かなくてはいけなかった。
気付いていれば、何かが変わっていたかもしれない。
2人の結末は別なものになっていたかもしれない。



でも、俺は気付けなかった。





それから3ヶ月。夏休みの計画が話題に上る頃、不安を感じるようになった。
見透かされてる。そう思った。
木村だけじゃないかもしれない。




木村だけだった。
他には誰も気付いていなかった。
部活のメンバー、クラスの面子。誰も気付いていなかった。
なのに、何故?話したこともろくに無いのに。
どうして?何で?何なんだ、あいつは?

しかも、木村はそのまま放っておいてはくれなかった。
機会がある度に話しかけてくる。
「来るな」
いくら強く思っても無駄だった。



「中居、お前体弱い?」
聞いてきた木村は、「次、数学だっけ?」と聞くときと同じ顔をしていた。
「なんでだよ。俺、バスケ部レギュラーだぜ。」
そう答えた俺は、「ちげーよ。数学は3時間目。次は世界史。」と答えるときと同じ顔を作ろうとした。
成功したのか失敗したのかは、
「そうだけどさ。」
とだけ言って黙った木村からは分からなかった。しかし、
「でも、すげー悪がきみたいなくせに、たまに深窓の令嬢みたいなときがあるからさ。案外、人知れず倒れてたりするのかな?とか思ってさ。んなわけないか。」
そう言って木村は笑った。

成功したらしい。
納得していなければ笑い事になんてしない。
それが、俺が短い間に知り得た木村拓哉だった。

「令嬢って女じゃん!ちげーよ!」
「いいんじゃねーの?かっわいい顔してんじゃん!中居。」
「お前なー!」

そう言って俺らはふざけあった。木村は軽々と俺を持ち上げようとして、俺はそんな自分達がおかしくて、2人で笑いあった。
俺は必要以上に明るく振舞っていたかもしれない。笑いすぎるほど笑った。
なんとかして、木村のその疑問を打ち消したくて、そして、自分自身が抱えていた不安からも逃れたくて。



近くで見る木村の笑顔。
―もう大丈夫―
この時はそう思った。

これ以上近くに来ることは無いだろう。
これ以上、お互いを知る事は無いだろう。





2004.5.24UP