その時、季節外れの雷が轟いた。晴れていた筈の空が一転俄かに陰りだし、気付いた時には空は真っ暗だった。

稲妻が走り、大粒の雨が落ちる。

「ほら。」

直ぐ前で話す中居の声さえ聞きづらい。手を伸ばせば届く場所にいるというのに。

「神様が怒ってるんだ。」

雨音に掻き消されないようにと中居が声を張り上げる。

「お前を、俺みたいなのの仲間にしたから、」

中居の髪を滑る雫をずっと見ていた。

「お前みたいなちゃんとした奴を俺が巻き込んだから。だから神様が怒ってるんだ」

中居の頬を濡らす物が涙なのか雨なのか、もう分からなかった。

「だったら違う!」

俺も負けじと叫び返した。

「怒ってるんじゃねぇよ!祝ってくれてるんだよ!俺を、新しく生まれ変わった俺とパートナーを見つけたお前を祝ってくれてるんだよ!」

中居の目が見開かれる。長い睫毛から雨が零れ落ちる。

「雷に祝われるなんてカッコイイじゃん!な、中居!やっぱ俺らすげーわ!」

言葉を失ったように立ち尽くす中居の代わりに、途切れないように言葉を繋いだ。

「お前がさ、何を嫌がってたのか分からないけど。別にそれを詮索する気もないけど。もうこう決まっちゃったんだからさ、後は思いきりやってやろうぜ!」
「……」
「うだうだ言ってたってしょうがないじゃん。」
「……」
「楽しもうぜ!」
「……」

一向に晴れない中居の表情。
ずっと言いたかった言葉。今こそそれを言う時だった。

「中居…もうお前を一人にしないから。」

中居の瞳から涙が零れ落ちた。それが雨ではなく涙だと今なら分かった。

「二人なら、きっとこれからずっと楽しいから。」

俺の言葉に、中居が驚くほど素直に、こくんと子供のように頷いたのをきっかけに、雨は小止みへと変わり、涙と共に降り止んだ。
そして、泣き顔のまま無理矢理作った笑顔と共に空が明るくなった。

「あ!虹!」

綺麗な半円が空に描かれていた。

「綺麗だな。」
「うん。」
「……」
「木村。……ありがとう。」









二人で虹を見ながらそっと呟かれたこの言葉を俺は一生忘れない。
「ごめん」ではなく「ありがとう」
中居が始めて「ありがとう」といった日。
















虹を見るたびに思い出す。
あの日、木村と一緒に見た。
綺麗だなんてはじめて思った。
きっと、色々な物が目からも心からもすり抜けていたのだろう。
いつも自分の不運ばかりを嘆いていたのかもしれない。
自分じゃない「自分」を演じることに必死になりすぎていたのかもしれない。





二人で見上げた虹は、いつか習った通りに色彩が並んでいて、けれど誰からも教わったことが無い魅力をたたえて空に浮かんでいた。
あれから、雨が降るたびに願う。虹がかかりますように。

けれど、今、目の前は、まだ止みそうに無い暗い雨空。

「やまないな。」
「うん。」

いつの間にか木村が横に立っていた。

「大丈夫だよ。」
そう言って髪を撫でる手はあの頃と何も変わらない。

「え?」
「そんなにじっと見つめてなくたって、雨が止んだら虹がかかるよ。」

口元に余裕をたたえながら木村も空を眺める。
外見も中身も何も変わらない、変われない。
それでも、心だけは成長していく。

いつの間にか、お互いの心なんて見通せるようになっていた。
それが、くすぐったかった時期を越え、少し鬱陶しかった季節も越え、今はただ安らぎを覚える。
子供じみた願いを見透かされて、恥ずかしいと思った時もあった。
けれど、同じ思いを共有できることを、同じ思い出を大切に出来ることを、そして、自分にとって何物にも変えがたい瞬間を理解されていることを、今は嬉しく思う。
かけがえの無い仲間と降り続く雨をじっと見ているのもいいかもしれない。止まない雨は無いのだから。
木村がこう言うのをじっと待っていよう。何度見ても飽きない笑みを浮かべながら、きっとこう言うだろう。

「ほら。中居。見て、虹。」

虹よりずっと綺麗なその笑顔に、きっと俺もつられて笑顔を返す。








その年、夏はなかなかやって来なかった。
いつまでも雨が降り続き、季節は何度も後戻りした。
花々がいつが盛り迷う中、薔薇だけがいつまでも咲き誇っていた。
そして、待ち望んだその日、空に大きな虹が架かり、人々は久々に晴天を目にした。
















2006.5.12UP
これで完結です。
足掛け2年以上。
お付き合い有難うございました。
途中、もうやめてしまおうかとも思いましたが、皆さんの応援を頂いて、
最終回を迎えることが出来ました。
お恥ずかしい部分も多々ありますが、今は達成感でいっぱいです。
これにて終了!!