中居は最初の一滴以来、二度と自分からは欲さなかった。
おそらく、その一滴さえ、自分の意志ではないのだろう。
目を伏せたままの中居は、体の維持よりも消滅を望んだ。









「中居、そろそろ時間。」
二人の時を維持するのは、俺の役目となり、拒む口に無理やり与えた。
「俺を仲間にしておきながら、自分だけ先に死のうなんて卑怯だぞ。」
冗談のつもりで言ったこの言葉にも、中居は、
「ごめん。本当にごめん。」
と、謝罪を繰り返すのみだった。

何度も倒れる中居を、何度も助け、死なせてやれない自分を情けなくも思った。
自分の判断は間違っていたのだろうか。
大勢のクラスメートに囲まれても、みんなの中心で笑っていても、どこにいても中居は孤独で、それに気づくものさえいなくて……。

―俺には救えるだろうか。―









あれ以来、中居はよく屋上に上がっていく。
見つけて後を追っていく日もあれば、一人でいたいのだろうと、そっとしておく日もある。

今日は、昼休みに、教室の中に無い姿を求めて階段を上ってきた。
重いドアを押し開けても、求めていた姿は無く、ただ空だけが俺を迎えた。
この場所が全ての始まりだった。
あの時、耳にした会話。
結局、中居が誰と話していたのかは分からない。でも、あれが、中居を変えた人間なんだろう。
自分には選ぶ権利がなかったと繰り返した中居。
自分は何も分からないながらも自ら、この道を選んだ。この中居と生きる道を。


そんなことを考えながら、屋上の縁に座る。
落ちたら死ぬな。ああ、もう死なないのかな。いや、死ぬだろう。
自問自答し苦笑する。


「死なないよ。そこから落ちても死なない。死ねない。俺が木村を連れてきたのはそういう世界なんだ。」
聞こえてきた教室では決して聞くことの無い硬い中居の声。
「俺は、木村を俺の犠牲にした。犠牲者にした。」
何度も聞いた謝罪を再び聞く。零れ落ちる涙は綺麗だったが、何度も聞いて嬉しい言葉ではなかった。


「俺、別に犠牲だなんて思わないけど。」
その言葉にも下げられた頭が上がることはなかった。
「犠牲者なんていわれたら、こっちもむなしいんだけど。俺には選ぶ権利もあったし、そりゃあどういう風になるのかは分からなかったけど。それでも、分かってたとしても俺はこっちを選んだ。お前を救えるなら、こっちを選んだ。お前を救いたかったんだ。」

上げられた顔には、ガラス玉のような瞳。
どんな言葉も受け入れようとしない瞳。


「俺は、お前を嫌いになったりはしない。俺は、お前を憎んだりはしない。」


その言葉の信憑性を見極めようと、じっと視線が注がれる。
俺は、ただ、真っ直ぐにそれを見返した。


そして、中居は初めて自分から求めた。
体内から血が抜けていく不思議な感覚。
決して心地悪いとは思わなかった。









2006.4.7UP