―見えた―

風の匂い 空の色 星の動き
樹のざわめき 鳥の声

そのどれにも頼らずに飛び込んでくるビジョン

「傷ついた人が大勢来る」

コリウスの呟きに弟が窓辺に寄った。

「誰もいないじゃない。兄者。」

責めのこもったまだ幼い声は、高い天井に反響する。
声に出してしまったことを悔やんだところでもう遅かった。
いちいち反応するなと注意してもまだ幼さの残る弟には通用しないだろう。

息を潜めて周りの様子を伺う。
案の定、靴音が石の床に響く。

「コキア、どうしたの?」
「母様、兄者が。」

母の眉間にキュッと皺が寄る。
年よりも若く見え、美しいと評判の母の顔。
しかし、自分に向けられる顔はいつも般若の顔だと、コリウスはその変化を冷めた目で見ていた。
母によく似ているといわれる自分の顔は一体どっちの顔なんだろう。

「すみません。母上。」
謝るなんて理不尽だと思いつつも激しく叱責される前に頭を下げる。
こうしていれば、般若の顔も見ずにすむ。出来れば甲高いヒステリックな声も聞きたくない。

その従順な態度が気に入ったのか、母は
「コキアに変なことを聞かせないで」
と一言言うと、その手を引いて出て行った。

幼い頃に触れた滑らかなその感触をふと思い出した。













天上に星が煌く夏に誕生した第一王子。
賢く勇敢な父と、美しく聡明な母から生まれた王子。
その未来は洋々たる物である筈だった。

真っ白な肌に大きな目。すっと通った鼻筋に整った口元。
少し体が華奢ではあったが、それを補って余るだけの魅力も能力も持っていた。
そして、更にそれを向上させる努力も忘れない王子は城内に限らず、民衆からの支持も厚かった。

人々の微笑みの先にはいつもコリウスがいた。

大きな目でよく物事を見て判断する力。小さな体を更にかがめて幼子やお年寄りに接する姿勢。
綺麗に象られた口で堂々と主張する態度。奢りもせず謙り過ぎもしないその様子。

15歳で迎えた彼の成人の儀は皆が待ち望んだものだった。

日に焼けてもなお白さを失わないきめ細かな肌。
彼が生まれた日と同じ紺碧の空と同色のマントを纏い、その淵についた金の飾りを煌かす。
癖のない髪を風が靡かせるのに任せ、正装に身を包む。

心持緊張した顔と、それを気取られないようにとすっと伸ばされた背筋。
式次第に則り、決められた行動をそつなくこなし、代々受け継ぐ言葉を口にする。
そして、父王から与えられた剣。全てを映そうとするが如く磨き上げられ光り輝く剣。
自分の行き届かない点を映し出されそうなそれに、コリウスは身を引き締めた。

父の風格のある顔、美しい母の喜ぶ顔。幼い弟の尊敬の眼差し。そして、友人たちの笑顔。

王国と王族の繁栄を願って多くの民衆が祝いの場へと詰め掛けた。
コリウスを取り囲むものに負の要素は見られなかった。
輝く未来だけが彼を覆っていた筈だった。





しかし、
それを快く思わない魔女でもいたのだろうか。
その日の夜を境に彼の目は―見える―ようになった。







初めは何が起きたのか分からなかった。
夢を見ただろうと、誰しもがそう思った。
しかし、彼の語ったことが数日後に現実となることが続くと、笑って聞き逃すわけは行かなくなった。
それは、数時間後だったり、数日後だったり、はたまた起こらないこともあった。

最初は面白がっていた友達も一人二人と去っていき、母の顔から笑みが消えた。
父の朗らかな笑い声は低く叱責する声へと変わって行った。

城内の意見は二分され、彼の持つ能力の一種だと支持する意見と、気味の悪い魔力だと倦厭する意見が相対した。
コリウス自身に対する意見だったそれは、次第に政治的な派閥問題へと展開し、争いをも導きかねない問題へとなって行った。
一触即発の空気が漂う城内にコリウスは部屋から出られない生活が続いた。

問題を重く受け止めた王はコリウスに謹慎を指示し、王族つきの「星読み」に判断をゆだねた。

星の動き、位置、関係性を元に未来をはじき出す彼らはこの時代重要視され、個人の、王家のそして王国の舵を取る材料の一つとされていた。
実際にー見るー事が出来ない彼らは、知識によって権力者が望む情報を差し出していたのだが、彼らにとって―見える―存在は禍々しいものでしかなかった。
その結果、筆頭「星読み」が下した判断は「否」
コリウスの能力はこれにより否定され、悪に魅入られた王子というレッテルがついて回ることとなる。

ただ、今までに培っていた人気と実績と、その生まれは、牢に閉じ込める、もしくは命を絶つには惜しいとされた。
年の離れた弟がまだ成人まで間があることも重なって、彼は微妙な立場のままその身を父である王と、その側近たちに預けることとなった。












「こんな所に来てていいのか。」
「こんな所って、立派な王子様のお部屋だろ?」

今、コリウスの隣にいるのは彼の幼馴染のブバリアだ。
王族に近い貴族の身でありながら、規律に縛られるのが嫌いで、コリウスの元にも良く遊びに来る。
多くの友達が離れていった中、親に叱られようが離れようとしなかった親友のうちの一人だ。

「廃嫡されそうな王子だけどな。」

そういって笑った顔はまだ大人には遠い少年の顔で、自分の不運を笑い飛ばせるほど達観は出来ていなかった。
悲しそうに笑うその顔にブバリアは胸に秘めた計画を明らかにする。

「俺さ、ストレリチアに行こうと思うんだ。」
「ストレリチア?」
「ああ。楽しそうだろ?あそこ。」

くったくなく笑うブバリアにコリウスも目を細める。

「自由人だな、ブバリアは。」
「これでも筆頭貴族の一員だけど?」
「でも家は継がないんだろ?」
「まぁな。」

ブバリアも父親とうまく行っていなかった。

「それも俺のせいだな。悪い。」
「何言ってんだよ。」

確かに、コリウスのことが原因となって父親とのわだかまりが生まれた。
ただ、まだ10代の彼のそれは、「反抗期」の一部として捉えられる範疇ではあった。
元来の性格により彼が親の元でじっとしているとも思えなかったが、押さえつけられながらも、いつかコリウスと一緒に王国を動かす日を夢見ていたのも事実だった。

「ストレリチアか・・・」

また親友が一人自分から離れていく。
ブバリアの目的を知らないコリウスは表情に翳りを見せ、それをブバリアに見られないようにと顔を窓の方へと背けた。
首の皮一枚で繋がっている王子という位を失えば、自分には何の価値もなくなる。
今までの努力も、―見える―能力以外の秀でた力も、廃嫡された王子となれば全ては灰となる。
そんな自分が親友を引き止められるわけもなかった。

「ストレリチア・・・」

再度そう呟くコリウスの目に、見えていた筈の城の壁とは違う景色が見えた。

―見える―

精悍な顔つきへと成長したブバリアが見えた。
背も伸び、たくましくなった顔つき。
見惚れる顔つきは変わらないが、幼さは抜け切り大人の男の顔をしている。
充実した笑顔をこちらに向けているその場所はストレリチアだろうか。
そして、その横にいるのは
自分
ではなかった。



「何が見える?」
「え?」
「なんか見えてんだろ?」
「なにがだよ。」
「隠しても無駄。お前がそういう顔してるときは何かが見えてんだよ。」
「何も見えてねえよ。」
「あ・・・お前さ、俺とお前がどれだけ一緒にいると思ってんだよ。」
「知らねーよ、そんなの。」

深刻になっていた二人の顔が一気に少年の顔へと変わる。
ブバリアの目が輝き、口の端が片方だけキュッと上がる。
それを見たコリウスが嫌な予感に立ち上がろうとしたが、一瞬ブバリアのほうが早かった。

「どうしても言わないって言うなら言わせてやる!!」

床に押し倒され、腰へ脇へと手を伸ばされくすぐられる。
くすぐられて力が出ない上に、華奢なコリウスは体力面ではブバリアに勝てたためしがない。

「ギブ?ギブ?」
「ギブ!ギブ!」
「じゃ、言う?」
「言わな〜い!!」
「じゃ、まだダメ!」
「ギブギブ!やめれブバリア!!」

ころころと転がる二人。
楽しそうに笑うブバリアと、目に涙を溜めながらも笑い転げるコリウス。
健康的な少年らしい空気が久しぶりにコリウスの部屋に満ちる。

しかし、そのとき、

「コリウス!!」

ヒステリックな声が聞こえた。

「母上だ・・・。」
「コリウス!!!」

「申し訳ありません」

先に頭を下げたのはブバリアだった。

「ブバルディア?」
「少々言い争いになりまして、王妃様にはご不快を感じさせ申し訳ありませんでした。何卒お許しいただけませんでしょうか?」
「コリウス?」
「申し訳ありません。母上。」
「何事かと思ったわ。静かになさい、コリウス。ブバルディア、あなたもここにいる場合じゃないんじゃなくて?」

不快そうにそういうと母は去って行った。

「おばさん、変わったな。」

靴音が遠くなったのを確認すると、神妙そうな顔を一気に崩してそう言い放つ。

「お前な、一国の王妃をおばさんって。」
「だって、親友の母親だし?」
「ま、いいけど。他人に聞かれないようにしろよ。」
「あぁ。」
「てゆーか、お前がブバルディアって呼ばれてるところ、久しぶりに見た。」
「俺だって久々に聞いたよ、自分の正式な名前。」

―見える―

「今日は頻繁だな。今度はなんだよ。」
「たいしたことないよ。シクランが来る。」

それは二人の共通の幼馴染。

「マジで?驚かしてやろうかな?」
「だから、あいつは俺よりずっと―見える―んだって。隠れたりなんかしたって無駄だろ?」
「そっか。」

そうこうしてるうちにドアをノックする音が聞こえ、マントを翻しながらシクランが入ってきた。

「失礼。コリウス、それにブバルディア。」

嫌味っぽくブバリアの名前を付け足すとそのまま部屋に入って来た。

「全部お見通しかよ。」

「み」の音を強調して嫌味を返す。

「ん?君たち二人のやり取りはね。王妃様の声は廊下に響いてたよ。」

そう言いながら気遣うようにコリウスを見る。
やはり顔色が優れなかった。

「ブバリア。悪いんだけどさ、ちょっとコリウス貸してくれない?」












2005.8.16UP
「星空の下で」からインスピレーションを受けて出来ました。
新シリーズ(?)「未来視〜みらいみ〜」です。
「木村さんパートがどうしても彼と中居さんのように聞こえてしまう」
という会話をお友達としていまして、そこから思いつきました。
名前については、それぞれの誕生花です。
覚えにくいかもしれませんが、宜しくお願いします。