「じゃ、行くわ。」 「おぅ。」 王の計らいによってコリウスは城門までの外出を許された。 旅の装備に身を固め、引き締まった表情のブバリアを眩しげに見つめる。 「コリウス。」 いきなり引き寄せられ、強く抱かれた。 「俺のこと忘れるなよ!俺が、お前を守るから。俺が、お前を幸せにするから。」 コリウスはその言葉にただうなずいた。 自分の今の顔を見られずに良かったと、安堵の息をつきながら。 「コリウス。」 ブバリアは強く抱きしめたその手を解こうとしなかった。 コリウスの指先に思わず力が入った。 「行かないで。」 最後まで言えなかったその言葉は、またしてもコキアの口から出た。 しかし、それで気持ちの整理がついたように、二人はお互いを離した。 「コリウス」 「ブバリア。元気で。」 「必ず帰ってくる。」 「……。ああ。」 決心がついたブバリアの笑顔は輝いていた。 その顔を見つめるコリウスの顔も晴れ渡っていた。 何度も振り向いては手を振るブバリアに、コリウスは何度も手を振り返した。 その姿が見えなくなるまで、見えなくなっても見つめていたコリウスは、周りに促されてやっと背を向けた。 ブバリアの前で晴れていた筈の顔は、また曇り、目が合ったシクランに諦めたような微笑を向けた。 ブバリアが旅立つとコリウスが―見る―機会は著しく減った。 1ヶ月に1回程度になり、それが、半年に1回、その内、年に数回しか見ないようになった。 それに伴い城内での地位も再び上がりつつある。 王子は魔力に打ち勝ったと、以前よりも更なる支持を集める結果にさえなった。 城内での移動が自由になったのを皮切りに、勉学の場が与えられ、体を鍛錬する機会も再び与えられた。 一つ一つ、着実に、王国での王族としての権利を再び得ていくコリウスは、憑物が落ち、光り輝いていくように見えた。 「最近見ないんだよな。なんかさ……」 そこで言葉を切るコリウス。 王子としての再教育が施され、年齢も上がった彼は以前のように友人と時を過ごすこともままならない。 それでも、幼い頃から当然だと思っていた辛く厳しく、それでいて有意義で得るものを多く感じるその時間は、一度失って、なお、コリウスを魅了した。 厳しく鍛え上げられるほどに、自分に対する期待と評価を感じた。 しかし、同時に友人と会話を弾ませる時間も惜しもうとはせず、暇を見つけては会話を楽しみ、その相手はシクランであることが多かった。 「そうだね。そうかもしれないね。」 「お前さ、勝手に―見ない―んじゃなかったの?」 「―見て―ないって。君の言いたいことくらいお見通しだよ」 シクランらしい物言いに、コリウスは嫌そうに顔をしかめる。 それを気にせず、シクランは会話を進める。 「ブバリア、元気かな?」 「そうだな。」 「イリスと仲良くやってるかな?」 「大丈夫なんじゃないか?気が合いそうだったし」 「そうだね。」 庭に出て、並んで座る二人は知らず知らずに、ストレリチアの方向へと顔を向けていた。 向かい合っているよりも、その方が話しやすかった。 「でさ、一つ聞きたいことがあったんだけど」 「何?」 「本当に―見えて―ないの?それとも―見えないーフリがうまくなっただけ?」 遠く見えない地に思いを馳せながら、何気ない調子で核心を突く。 コリウスが横で目を泳がせているのを、わざと見ないで、答えを待つ。 「なんでだよ。」 「どうなのかな、と思って。でも、その言い方だと―見えて―るんだね。」 「お前さぁ、」 「言わないよ。誰にも言わない。」 「じゃ、聞くなよ」 「そうだね。失礼。」 二人の間を流れる空気は変わらなかった。 それくらいで険悪になる間柄ではなかった。 しかし、お互いにストレリチアのある方向からは視線をずらしていた。 「ブバリア、元気かな?」 「何度も言うなよ。寂しいのか?」 「うん、まあね。でも、本当に寂しいのは、」 後ろに手をつき、ぼんやりとしているコリウスの手にシクランがそっと自分のそれを重ねる。 「君が僕に何も言ってくれない事かな。」 美しかった王子は少年から青年へと成長した。 必要とされる帝王学を修め、華奢な体ながらも鍛錬を重ね、特に戦わない平和な国としてカルセオラリアの舵取りをするべく、その頭脳が磨かれた。 失われた時間を取り戻すように励むコリウスに、周りの人々も努力とサポートを怠らなかった。 もらさずに吸収しようとする姿に対して、自分の持つものすべてを注ぎ込もうとする教育者、指導者、年長者。 よい協力者を得たコリウスの成長は目を瞠るものがあった。これぞ、王者の血を持つものだと、誰もが疑うことを知らず、 そして、とうとう王位を継承する第一王子としての立場を取り戻した。 「おめでとう、コリウス」 シャンパングラスを片手に微笑んでいるのは、自身も筆頭「星読み」へあと一歩のところまで成長したシクランだ。 「お前、飲みすぎ。何杯飲んでるんだ?」 「いいじゃない、堅い事言わないで、今日はお祝いなんだから。」 鋭さを増した視線は、王になる者が持つにふさわしいと、人々は賞賛し、畏れ敬うものであったが、 それをかわすのはシクランの得意とするところであった。 「ブバリアがここにいたら、喜ぶのにねぇ。」 「……。ああ、そうだな。どこほっつき歩いてんだか。一度くらい帰って来いよな、あいつも。」 頬を赤らめ酔っている様に見えたシクランだったが、コリウスの小さな変化を見逃さなかった。 「ねぇ?何か知ってるの?」 「何かって?」 「美しいコリウス様。光を背負った姿はまるで天使のようだ。」 突然の芝居がかったシクランの声音にコリウスが眉をひそめる。 無言で続きを促され、再び口を開く。 「って、みんなが言ってるのを聞いたんだけどさ。」 「……。」 「僕にはそうは見えないな、と思って。」 「そりゃ、お前には人には見えないものが―見える―からだろ。」 「そうじゃなくて、」 話を微妙に摩り替えられて、シクランの頬が膨れる。 話を続けようとした二人の元に、コリウスに祝いの言葉を述べようと人々が訪れる。 幼馴染であり、権力を持つものではあっても、王族でないシクランがいつまでもいるべき場所ではなかった。 「またな、シクラン。」 「うん。じゃあね。」 「これでも、心配してるんだけどな、僕。」 シクランの独り言は美しく翻されたマントに包まれた。 コリウスが王位を継承する第一王子と正式に認められたことにより、少年期を越えた二人は公的な場所で遭遇することも多くなった。 私的な関係ではない、公的な立場としてのコリウスの評判を耳にする度に、シクランの気持ちはざわついた。 人々が見ているのは本当にコリウスの全てだろうか。 幼い頃によく見せた太陽のような笑顔はどこにも無い。 成長したからだろうか? 本当に、ただそれだけだろうか? 彼を暗く包んでいるものはなんだろう? シクランの瞳が切なく瞬いた。 コリウスとシクランの成長と立場の変化はコキアとセルリアにも影響を与えない筈はなかった。 シクランの元で修行に励んでいたセルリアは、努力を重ねることにより、次第に頼れる「星読み」へと成長して行っていた。 コリウスが廃嫡に追い込まれ、コキアが第一王子となっていたら、彼の立場も自ずと変わっていたのだろうが、気にするそぶりも見せずに真面目に取り組んでいた。 そこに遊びに来るコキアもまた、時世の流れを気にせずに、日々、快活に過ごしていた。 複雑な立場に立っていたコキア。 後一歩のところで、光り輝く王冠を、その手から逃した第二王子。 まだ幼かったコキアも少年へと成長し、その立場は王国の中で複雑であった。 一時、その立場を危うくしたコリウスに取って代わってコキアを推挙する派閥も無いとは言い切れなかった。 国の乱れの原因になると、その処遇を考えるものもいた。 いずれにしても、後々彼の存在が厄介な事になるのは目に見えていた。 聖職の世界に入れるか、政略結婚の駒とするか。 けれど、何か手を打つには彼の瞳は純粋すぎた。 成人の儀を迎えるまで、そう期限を先延ばししながら人々は決定を避けた。 それがいい事かどうか分からぬままに。 バルコニーから二人を見下ろすシクランの瞳は翳っていた。 いつの頃からか、その視線は憂いを帯びるようになっていた。 「シクラン」 「セルリア」 いつの間にか、眼下の庭園に人影はなくなっていた。 「コキアは城に戻りました。」 「そっか、もうそんな時間か。」 「何か起こるのですか?」 「え?」 突然の質問に、戸惑いの声しか返せなかった。 いつになく真剣な声でシクランに問うセルリアの顔はこわばっていた。 「最近のシクランを見ていると不安になります。王国に何か起こるのですか?」 「いや。」 「じゃ、コリウスに?それともコキア?」 真っ直ぐに見つめてくる視線に一瞬息を飲んで、しかし、静かに吐き出すと、シクランは自分のペースを取り戻した。 「セルリア、星を読むということはなかなか難しいことだよね。」 「え?ま、そうですけど。」 「星はただ見ていたって何も教えてくれない。」 「そうですね。」 「僕はコリウスと違って、突然何かが―見えて―くることも無いし。かといって、気になることを勝手に―見て―いいかというと、それは違う気がする。」 「まだ僕には、シクランが何を気にかけているのか分かりません。ただ、最近、何かを伝えようと瞬いている星が多いように思います。」 「嫌な予感を現実にしないためにはどうしたらいいのかな?」 独り言のように呟かれた言葉に、セルリアは真面目に答えようとする。 シクランは、セルリアの自分の思いをできるだけ言葉で表そうとする所を評価していた。 「……。僕たちには何もできません。星読みに未来を変える力はないのですから。」 「だよね。」 「最初にそう教えてくれたのはシクランじゃないですか?」 「うん。そうだね。今日は、久しぶりにじっくり星の囁きに耳を傾けてみようか?」 「はい、シクラン。」 「今僕たちが見てる星は、ストレリチアでも輝いているよ。」 シクランとセルリアが望遠鏡越しに覗く星を、コキアはバルコニーから仰ぎ見ていた。 その同じ星を、イリスとブバリアが、明るい笑顔で指さし、そして、コリウスは一人静かに窓越しに見ていた。 |
2007.9.14UP
Happy Birthday Dear SMAP
シリーズ物をお誕生日記念にするのはずるい気もしたのですが、
6人全員登場していて、今、聖奈が一番思い入れのある作品ということで、
記念作と替えさせていただきます。
「未来視」の中の6人同様、離れた場所にいても同じものを見続けていられる6人でありますように。