日の光りが傾き出す。
オレンジを増したその輝きは次第に明るさを失い、赤く、 黒く色を変えていく。
光と共に影が姿を消し、闇が訪れたとき、夜が支配を開始する。


愚痴を零しながらも優雅な時を過ごす女。
忙しいとぼやきながらも満足な表情を浮かべる男。
愛の象徴に身を包む女と愛を形に表そうとする男。

それらはいつの間にか姿を消し、街は夜の主役たちを迎える。

愛を金で売ろうとする女と金で愛を買おうとする男。
愛なんてないと言いつつどこかでそれを求める男女。
今、隣の二人は交渉がまとまり、前の二人は言葉を交わす必要さえない。

その中を今日も羽ばたく。
「黒鳥」の異名の通り舞い踊る。

「黒鳥さんこんばんは」
「今日も綺麗ね」

掛けられる声に商売道具で答える。
それに対する歓声に悦に入りながら、獲物を探す。
すぐに捕まるようではつまらない。狙い定めて値踏みする。

そこに挑むような視線を感じた。突き刺さるような視線。
顔を向けると闇の中で光る獣の目を持った顔を見つける。
精悍な顔立ちは嫌いじゃない。
立っているだけで寄ってくる者に困らないだろうに、わざわざこの場に来る、
その態度も嫌いじゃない。

「気に入った」

見下した笑いを口の端に乗せ呟く。
どうやって落とし、遊び、捨てるか。思い描くと自然に笑みが零れる。
可憐な、しかし確かに毒牙を含む笑み。一度刺さると骨まで熱に浮かされる。
それこそ「黒鳥」の名の由来だった。





                                        






一方、夜の街と同じ色を纏う男。
そのルックス故に夜の過ごし方には困らない。
ただ確かな器量と技術、そしてその場限りの気楽さ大胆さが欲しかった。
良家の娘からは金を得る以上に重たい気持ちがのしかかり、
街を闊歩する自慢げな女は連れて歩くには良くても無駄な金がかかる。
慎ましやかな女は保証を欲しがり、何もいらないという人に限って全てを求めた。
軽く遊ぶだけで良かった。

が、夜の街に入った途端にそこここで耳にする「黒鳥 」の名は気になった。
一度見てやろうじゃないか、そう思った時、夜の闇が輝き出した。
すぐに悟った。
傲慢な笑み、溢れ出る自信、それらを裏付ける完璧なルックス。相反する可憐さ。

「やられた」一瞬そう思い、次の瞬間手に入れたい想いに駆られた。




その時黒鳥が振り向いた。
二人の間を飛び交う矢のように鋭い視線と絡み付く蜘蛛の巣のような視線。





黒鳥の計算された完璧な微笑が男に向けられる。
男は顎で町の一角を指す。

交渉成立。

二人は街角の一室へと移動する。


「名前は?」
「黒鳥」
「ふーん、オディールね。」
「そっちは?」
「じゃあ、ゾロってことで。」
「ふーん。」

気のない返事をしながら黒鳥は部屋を一周する。
男の視線が追いかけてきていることを確認し、十分に意識しながら足を進める。
踊っているかようなその姿に男は目を離せなかった。
その視線を弄び、遠くへ近くへと場所を変え、そして目の前で止まる。

「で?」
「え?」
「歩いてるの見るだけでいいなんて簡単でいいね。」

侮辱の色を含む言葉に男は顔を赤らめた。
恥じたかと思ったそれは怒りだった。
途端に手が伸び、黒鳥を捕まえる。
そのまま事も無げに押し倒す。

「力弱いんじゃん。」

余裕の笑みを浮かべるのは今度は男の方だった。
黒鳥を押さえつけ、見下ろし、優越感に浸る。
しかし、「黒鳥」という名はただの愛称ではない。
男を浸らせながら自慢の演技を光らせる。
男が余裕を失った時点で勝負は決まった。

















「なんだ、簡単。」
男の寝顔を確認し、冷たい床へ足を下ろす。
静かに移動し、男の荷物を物色する。
紙幣やコインなら、あとで正当な方法で手に入れられる。
それなら、と手に取ったのは、街の外へ出ない黒鳥が出会ったことのない品々。

煌びやかな宝石。凝った細工の望遠鏡。小型化された写真機、そして沢山の写真。
始めてみるそれらを恐々手にする。

「興味津々?」

いきなり声を掛けられ、驚き、取り落とす。

「意外に鈍感だね。気がつかないで後をとられるなんて不覚じゃない?」
「乱暴する人は好きじゃない。」
強く握られた右手に目を向ける。
「知ってる?」
男は面白そうに言葉を切った。
期待しない展開に黒鳥は嫌そうに目をそらした。
「東の国では物を盗むと、その手を切り落とされるらしいよ。」
「ふーん。野蛮だね。」
「何で?もう二度と盗めないようにするんだから、理に適ってると思わない?」
何かを暗示するように掴んだ黒鳥の右手に力を込めていく。
「罰金でも取った方が近代的でいい。」
嫌な予感に男の意見を否定する。
「それにここは、どこぞの東の国じゃない。」
「それはそうだ。」
からかうように黒鳥をねめつける。
「でも、俺、東の文化好きなんだよね。」
「だから?」
「そもそも、そっちが悪いんだろ。人の物を盗っちゃいけないって言われなかった?」
「何か盗んだっけ?」
「盗もうとしただろ?可愛い顔して、なかなかやるね。オディールちゃん。」
「気持ちよくなって眠りこけてる方が悪いんじゃないの?」

黒鳥の簡単には自分の物にならないその態度が男を刺激し、
上にあげられたまま、強く握られ、色を失った黒鳥の右手が更に男の嗜虐心を煽った。
弱さと強さを併せ持った黒鳥の魅力に、ここでも男はやられたことになる。
自制心を失い、またも黒鳥を押し倒す。

両手を上へあげさせ、ベッドの端に括り付ける。
ナイフをかざし、黒鳥を見やる。
余裕の笑みを浮かべているかと想像したが、予想に反して顔を引きつらせていた。
その姿に燃え盛っていた男の気持ちに一瞬水が注した。

しかし、馬乗りになり、勢いづいた行動が止まる事は無かった。
右手首に一本、赤い線が浮かび上がる。
そして、そのまま、それはZの文字を作った。

さすがに切り落とすつもりなんかないんだからさ、そんな引きつらなくても。」
黒鳥に向けていった言葉だったが、聞かれないまま終わった。
身を切る痛さに黒鳥は気を失っていた。




「案外お姫様なんじゃん。色々修羅場を乗り越えてこその『黒鳥』かと思ったけど。」
一人呟き、男は部屋を出た。










2004.11.13 UP
Happy Birthday to TAKUYA!
とはいっても、中居さんJRAイメージキャラクター決定記念でできた話です。
でも、木村さんも喜んでるだろうという事で(笑)
どんなCMがいいか?って話し合っていたメールからできてきたお話です。
詳しくはこちらへどうぞ。
(thanks to norikoさん)
まだまだ、この話続きそうです。