circlet 〜the one ring〜



「ねぇ、いい加減、この指輪代えれば?」

この半刻、木村は飽きもせずに、黙って中居を胸に抱えていた。
が、テレビ画面から一向に目を離そうとしない様子に遂に焦れたらしい。
ゆりかごのように中居を揺らし始め、中指にはまった指輪を弄び始めた。

顔をしかめた中居は、それでも木村に目を向けようとはしなかった。
音も出ない画面を食い入るように見つめている。
カキーンと気持ちのよい音がたまにするから無音ではないらしいが、
音がしようがしまいが、木村にはそれが価値のあるものとは思えなかった。

「なぁ、どうせ安もんなんだろう?」

シルバーの物はともかく黒いリングは三桁だと聞いたことがある。
「プレゼントされたものでもないって言ってたじゃん」

細い中居の指の周りで指輪が回る。抵抗のない指輪を行ったりきたりと動かしてみる。
それでも、取り上げてしまわない所に木村の弱さが見え隠れする。
(だったら、いっそ取ってくれ。)
中居がそう思っていることなど、知る由もない。


「中居さぁ、指何号?相当細そうだよな」

返事がない言葉は会話ではなく、一人語りのようになっているがそれでも木村は
やめようとしなかった。

「13号くらいかな?もっと細いか。11とか?
 なぁ、もし俺がプレゼントしたらこれの代わりに付けてくれる?」

思わず飲んだ息を、中居は小さく吐き出した。
「やだ」
「やっぱり、聞いてんじゃん」

少し掠れた中居の声には気付かずに、木村は拒否の言葉にさえ顔をほころばす。

「なぁ」
「付けない!」
「どうして?」

木村はこの指輪にかけられた中居の願いを知らない。

「どうしても!」


いつか木村が無理矢理奪い取ってくれたら。
いつか木村から貰った指輪を自慢できる日が来たら。
いつか誰にも気兼ねせずに愛しあえる日が来たら。

その日が来たら、躊躇う事なくごみ箱に捨てる。


けれど、その日までは。

中居が、息をひそめて指輪の行方を追ってる事には気付かれる事のないまま二人
の時間は過ぎて行った。










楽屋で暇を持て余し、中居はぼんやりと指輪を眺めていた。
決して気に入らないわけではない。どちらかというと気に入っている。
それでも中居の視線は次第に険しくなっていった。

「もうちょっといいのにしとくんだったかな」
敢えて安価な、輝きのない物にした。
いつか貰う高価で煌めく指輪の為に。

でも、それを手にする事はない。もうその事には気付いていた。

「いっそ外してみようかな」
(そうしたら木村は何も聞かずに指輪をくれるかな)
言外にそんな想いを載せて呟く。
でも、そんな事をした所でお互いに辛いだけなのは、分かっていた。
「ただの友達から貰ったただの指輪」にはどうしたってならないのだから。
なんの意味も持たない指輪にはどうしたってならないのだから。

中居は顔を歪めると手近にあった煙草をドアに投げ付けた。


「中居さん、どうかしましたか?そろそろスタンバイお願いします」
「あ、はい」

スタッフの声が掛かり、中居はもう一度、憎々しげに指輪を睨み、部屋を後にした。



共演者との付き合いは、もう三年を越え、格式張った挨拶は必要ない。
無意識に指輪を弄りながらセット裏での会話を弾ませる。

お客さんを前にしたトークでも無駄な気負いはなく、何気なく指輪に手を伸ばし、
触ろうとした。

えっ?!

思わず自分の指先を見つめる。

無かった。

指輪が無かった。さっきまでここにあった筈なのに。

周りを見渡してみても、どこにもそれは無かった。

忌ま忌ましい程に、大きさの割に存在感を示していたそれが、今すっかり消えていた。













2005.2.17UP
「circlet-サークレット-」指輪と言う意味です。
中居さんがいつもつけてる指輪。
たまーに、外す時あるよね。
と思って、よく見始めたら、全く不規則に付けてたり取ってたり・・・。
そこから生まれたお話です。
タイトルは迷ったのですが、
聞きなじみがなくて不思議な言葉だった上に、
「secret-秘密-」や「sacred-神聖な-」
にも発音が似てて面白いかな、と思って決めました。
妄想メールに付き合ってくれたぶんちゃん。
アイディアに手助けをしてくれた後輩。
どうもありがとうです。
(ちなみに、もうちょっと続きますので悪しからず)