With you





一時間後、五人が立っていたのは東京駅。ではなく新宿駅。

「なんで新宿?」
「東京ったって色々あるじゃん!」

「俺ら毎週来てるし。まさにここだし。」
「お前らじゃなくても新宿なんてよく来るし」
「知ってるようで知らない所。ではないね、ここ」


寛大な剛まで少し困り顔になった所で一言も喋っていないメンバーがいる事に中居が気付いた。

「お前か…」
「ちょっと買いたい物があったんだ。ほら、最近、僕忙しいでしょう?買い物なんてしてる暇ないからさ。」
「それで、新宿なの?吾郎さん?」
「うん。そう。」

涼しげな吾郎の顔に、4人から力が抜けていく。

「で、どこ行くんだよ。」
怒る気力も失ったらしい中居が力なく尋ねる。

「ティファニーで、ちょっと指輪をね。って、嘘だよ。伊勢丹。伊勢丹のメンズ館。」
「よくわからない嘘つくなよ。」


聞こえた筈の、木村の呟きを無視して吾郎は歩き出した。

「でも、吾郎ちゃんが何買うのかってちょっと興味がある。」
慎吾は早くもこの場に順応しだした。

「なんか金曜以外にここに来るの変な感じ。」
剛も素直に歩き出した。

先を歩き、振り返ろうともしない3人の背中を見て木村は覚悟を決めたらしい。
行くぞ、と目で促すべく中居をみる。小さな頭がムリだ、と、左右に揺れている。

「ほら。」
手を差し伸べると、恨めしげに見上げる中居。
「ここ新宿だぜ。しかも、吾郎の買い物って。何時間かかるんだよ。」
「でもさ、あいつらが先にもう歩き出してるって方が怖くない?」

木村のその言葉に中居は現実に引き戻されたらしい。
大きくため息をつくと、
「行くか。」
と足を進めた。差し出された手を景気づけにバシッと叩く。
中居が中居である以上、素直に可愛く手を繋ぐわけがなかった。
分かっていても、じーっと手のひらを見つめ、立ち尽くす木村。

中居は再び大きく息を吐くと、その手を握って歩き出した。






「GUCCIも見たいんだけどな…。ま、でもまず伊勢丹行っちゃおうかな。」
「じゃあ、僕もなんか買おうかな。」
「みんなでお互いの服、選ぼうよ。」
「いいねぇ、慎吾。」
「僕、慎吾が選んだ服なんて着れない。」

盛り上がる二人に吾郎が水をさす。
前を向いて歩いたまま、二人の顔も見ずにさらっと言う様子に慎吾が突っかかる。

「なんだよ、吾郎ちゃん!」
「だって、君、本当に僕の趣味分かってる?月イチゴローだって、変なのばっかり入れて!!」

相手にされないのも気に障るが、向き直ってわめく吾郎は厄介だった。
が…今日の慎吾は、じゃれあいたい気分らしい。

「わかった、わかった!わかってるよ!あれは、わ・ざ・と。嫌がらせ!」
「え……。」

得意のスマイルまでつけた意地悪な言葉に吾郎が固まる。

「ちょっと待って。喧嘩はよしなよ。」
「だって、吾郎ちゃんが、」
「それは僕のせりふだよ。剛、聞いてただろ?」
「いや。ね。二人とも。」


ここで、3人は何かがおかしいことに気づいたらしい。
いつもなら、ここで、違う声が聞こえてくる筈だった。

「ね?上二人は?」
「さぁ?」
「え?迷子?」


大声を出す慎吾に吾郎が顔をしかめる。

「中居くんだけなら小さいから見えにくいのかもしれないけど。」
「剛、それ、なにげに失礼だよ。」






「なぁ、木村。あいつらどこ?」
「ん?吾郎どこ行きたいって言ってたっけ?GUCCIで時計買うんだっけ?」
「それを言うならTIFFANYで指輪だろ。」
「そっか。じゃあTIFFANY行こうぜ。」
「や、まず先に電話した方が良くねぇ?」
「大丈夫だろ。別に。行きゃあいるって。」

不安げな中居を連れて木村は自信満々に歩き出した。






「てゆーかさ、電話しようよ。」
先に行動に移したのは下三人だった。

「面白いから中居君に掛けようか?なんかあたふたしそうじゃない?」
「や、通話は普通によくしてるから慌てないよ。」
「彼、番号変わったんだよね?新しいの聞いてないや。」

楽しそうに企んでいた慎吾が冷静な吾郎の声に顔を変えた。

「あ…。じゃあ木村君に掛けよう。」
「せっかく中居と二人きりだったのに邪魔すんなよ!とか言われたりして。」

ふふん、と吾郎は楽しそうに笑うが、慎吾の顔はさらに変化して固まる。

「つよぽん。たまには木村君に電話なんてどう?」
「あ、そうだね。いいよ。って嫌だよ!今の吾郎さんの言葉聞いてただろ!」
「じゃあ、吾郎ちゃんどう?」

剛のノリツッコミをあっさり無視して、吾郎に振る。

「慎吾、かけなよ。大丈夫だよ。取って喰われたりしないから。」
(吾郎さん、凄い言い方。)
剛はそう思っていたが、口には出さなかった。こういう時の吾郎には下手に刺激を与えない方がいい。
長年の経験から、そう判断した。それは慎吾も同じだったようで、大人しく電話をかけている。






「なんか鳴ってる。木村の携帯じゃない?」
「あ、本当だ。」
「夕刊み〜る、じゃなくなったんだな。」
「あれはメール着信。これは通話。」
「じゃあ早く出ろよ。」
「おぅ。」

どこかしぶしぶといった感じで木村は通話ボタンを押した。

「もしもし?」
「もしもし?あ、木村君?僕、慎吾。」
「あぁ、慎吾?どうした?」
「どうした?じゃないよ。どこにいるの?」
「ん?お前ら、TIFFANYにいるんだろ?今、向かってる。って中居!渡るぞ。」

平日の昼間でそう多くない筈の人波に何故か飲まれそうになっている中居を引っ張りながら進む。

「あのさ、僕たち、TIFFANYにはいないよ。」

(やっぱり中居君と二人で楽しいのかな?)と慎吾の声が弱くなる。

「マジで?じゃあどこ?」
「伊勢丹のメンズ館の前。途中で曲がったから分からなくなっちゃったのかな?」
「じゃあさ、伊勢丹まで迎えに行くから伊勢丹の入口に来るように伝えてよ。」

横から吾郎が口を挟む。

「入口の所にさ、Rose Galleryってお花屋さん、あ、薔薇の専門店なんだけどね。それがあるから。そこに来るように伝えて。」
「って全部聞こえてるけど。わかった。今いくわ。」


不機嫌そうな吾郎を先頭に三人は歩き、木村に掴まりながら中居は歩く。






「今日って泊まりなんだよね?この薔薇、素敵なんだけど買えないよね?」
剛と慎吾が所在なげに佇むのを尻目に、薔薇を手に吾郎がうっとりしていると、
「あーあーあー。浸っちゃってるよ。」
聞き慣れた声がした。中居を守るようにして立つ木村と、その事を気にも止めていない中居だ。

「知ってる?この薔薇。ブラックティと言ってね。」
「いい。いい。いい。蘊蓄はいいよ。」


その言葉に吾郎の中で何かが静かに弾けたらしい。

「そもそも、ここに来たのはどうしてだろうね。君達がちゃんと付いてきてればこうはならなかったのにね。
しかも、TIFFANYって何?僕、そんな事、言ってないでしょう?二人して何聞いてるの?」

「言っただろ。TIFFANYで指輪って。」
「って言うのは嘘でって言ったじゃない!何も聞いてないんだね。」
「だから変な嘘はつくなって言っただろ。」


尖った言葉の応酬に何を思ったのか、いきなり話を切り上げると吾郎は二人に背を向けた。

「行こうか、剛。」
「え?」

呆気に取られる剛を連れて吾郎は店を出て行った。

「キレたね。吾郎ちゃん。やっぱり疲れてるのかな。すっごい早くキレたね。」
「あーあ。買い物何時間付き合わされるんだろ?」
「中居だな、あれは。」
「なんでだよ。」
「だって中居が。」
「♪お〜こらせた おこらせた〜 ご〜ろちゃんをおこらせた」


楽しそうな慎吾に苦り顔の中居、そんな中居を面白そうに見遣る木村が今度こそ
はぐれないように吾郎と剛に続いた。






店員さんと親しげに話す吾郎は上二人とは会話をしようとしない。
おかしな空気が五人を包む。

「吾郎さん、これなんて似合うと思うけど。ねぇ、中居君。」

剛の努力が空しく響く。

「一体どんだけ見りゃ気が済むんだよ。次、行こうぜ、次。先行けばあいつも付いてくるだろ」
聞こえないように言った筈の言葉に吾郎の眉がピクリと動いた事に中居も木村も気付かなかった。

「吾郎。剛。上行こうぜ。上」
「う、うん」


困り顔で双方を見比べていた剛は
「剛!」
という中居の鋭い声で体がそちらへ動いた。
「吾郎さん、行こう」
と声をかけられた吾郎はそのまま動こうとはしなかった。

仏頂面だった中居の眉が八の字へと変わる。

「行ってくるわ」
と吾郎の元へ行こうとする木村を押しとどめる。
「いい。」

上から心配そうに見つめる木村の視線を強く見返す。

「きっと、俺が行かなきゃダメなんだろ?なんか俺が怒らせたらしいし」
木村の顔が、くしゃりと笑顔に変わる。
「大変だね、長男は。」
「普段だったらほっとくっつーの。こんな我侭。」


年の割には幼いその顔は、それでもいつの間にかすっかり大人びていて、しかし木村は、年下のメンバーに手を焼いてわざと大人な表情を作る中居がおかしくて仕方なかった。






「吾郎。」

中居は困っているからと言って情けない声を出したりしない。逆に怒っているような声になる。
素直に謝れない幼い子が仏頂面になるのと一緒だ。

それが分かっている吾郎は、店員の女の子が緊張したからと言って態度が変わることはない。

「何?上に行くんじゃなかったの?」

シャツを見繕いながら答える。

「お前も一緒に行くんだろ?」
「この企画、そういう決まりだったっけ?確かに一緒に行動しないとカメラに映らないもんね。それにしてはさっき、君たちと僕たち別行動してたよね?」
「じゃなくて……。一緒に行くべ。」
「やだ。だって、まだ、僕、これ見てるんだもん。」

吾郎の口調が幼くなれば、中居が優勢だ。

「さっきから、ずっとそれ見てるだろ。本当はもう買うかどうか決まってんじゃないのか。」
「ふーん。結構、観察力があるんだね。」

吾郎が中居の上にひたと視線を置く。

「余計なこと言ってないで。店員さんだって困ってるだろ。」
「じゃあ、これお詫びに買って。」
「……っ。」
「だって、謝りに来たんでしょ?なのに、僕まだ、何も言われてない。」

優勢だと思いこんでいた中居は一気に劣勢に持ち込まれた。
店員にも見られ、顔が赤くなるのが自分でも分かる。
俯く中居と小首をかしげ覗きこむように見つめる吾郎。

「悪かったって。」

オニキスの瞳が琥珀のそれを射る。
「悪かったよ。な。行こう?」
その言葉に頑なだった吾郎の顔が緩んだ。

「ごめんね。これ、また買いに来るから。」
笑顔で店員に断ると、
「じゃあ、許してあげる」
と極上の笑みを浮かべた。まるで彼女に見せるような、もしくは自分が彼氏だったかと錯覚するような笑みに中居は思わず目を伏せる。

「なんて顔してるんだ」
と文句を言おうと顔を上げたときには吾郎は下二人に合流していた。
振り回されて、もう嫌だと、膝に手を付こうとしたとき、木村の口が動いた。

「おつかれ」








「あ、ちなみにお昼はお蕎麦らしいよ。」


ようやく買い物が終わろうかと言うその時、剛が突然切り出した。
「あ゛ぁ?」
「ん?お昼。お蕎麦だって」


怪訝そうに眉を潜める中居に剛は爽やかな笑顔で答える。

「あ、もしかして神田じゃない?藪のお蕎麦でしょ?」
「そうそう。さすが吾郎さん」
「そしたら近くの竹むらで甘味も頂けるね」

「じゃあ行こうか」と手を取って歩き出しそうな二人を中居が引き止める。

「ん?何?だからここから神田に移動してお昼だって。藪って有名なお蕎麦屋さん知らない?」
「や、うん。まぁ」
知っているのかいないのか曖昧に答える中居は今回の旅のテンポが掴めずに戸惑っている。

「ま、いいじゃん!中居君。二人に付いていこうよ。中居君、お蕎麦好きでしょ?」
「そういう問題じゃないよ」

とごにょごにょ言ってる中居を置いて慎吾は二人に付いて歩き出した。

残ったのは上二人。
言葉がない二人はそれでも、目と目で会話をしているらしい。
暫くすると、中居が歩き出し、木村がそれに続いた。