気付くと横には木村がいた。
相変わらず仲のいい友達は大勢いて、
でも、何となく木村のいる右側が心地よく感じ始めていた。

―いけない―

警鐘が鳴り響いた。
距離を置いてきたはずだった。今まで同じように何人もと付き合ってきた。
相手には気付かれないように、上辺だけで付き合う。
それで良かった。
みんなに好かれて人気者でいて。
誰も自分の本心に気付かないことなんて当たり前だと思っていた。
知って欲しいなんて思って事もなかった。
いつも「いい奴」の演技が決まって嬉しかった。

―そのことが寂しいなんて気付きもしなかった―

なのに木村は、
平気で張り巡らしたバリケードを破ってくる。
何重にも包んだ紙を次々にはがしてくる。
気が付いたら2人の間にはもう何もなかった。
すぐ横にいた。
自分には他人と、木村とそんな関係を結ぶ資格はないのに。





だから



木村を傷つけた。





木村を傷つけるのなんて簡単だった。
すべてを拒み、過去を捨て、気力を持たず、感情を持たずにものを言う。
相手を否定し、クラスを否定し…。
そして自分を否定し、すべてを切り裂いた。







「なぁ、中居、お前本当に大丈夫か?」

放課後の教室。クラスメートの声。穏やか過ぎる午後。暗い顔の木村は浮いて見えた。

「何が?」
「何がって、こないだの……。」
「別に平気だよ。」

心の底から心配してくれているらしい木村に、ありったけの笑顔を見せる。
思ったとおり、木村はそれに対して嫌な顔をした。

「平気なわけ、」
「あ、今行く!」

木村の言葉を遮り、自分を呼ぶ友達に向かう。
振り向きもせずに。
木村の顔が歪んだのを視界の隅で確認した。それを見てもなんとも思わなかった。



第一段階成功。





バスケ部の試合にも出なかった。
「ごめん。本当、ごめん。なんか足の調子がおかしいんだ。」
精一杯の言葉に、誰も嘘だとは気付かなかった。
唯1人を除いては。
ただ1人気付いた彼は、俺をいい方向に理解しすぎていた。

「悪いの、足じゃないだろ?余計な心配掛けたくないのは分かるけど、ちゃんと言った方が…、」
「そんなんじゃないよ!体も足も悪くない。うざくなっただけ。出たくなくなっただけだよ。」
「…どうして?…」
望んだとおり、木村は顔を暗転させた。
「いいじゃん、別に。関係ないだろ。」
そう言い捨てて表情を変え、チームメートの元に駆け寄る。

「本当、俺も悔しいよ。俺の分まで頼むな。」
木村に聞こえるように言ってみせる。



第二段階成功。





今までのように近くには来なくなった木村。でも簡単には諦めないのが木村だった。
「何か俺にできる事ないのか?」
「何がだよ。」
「調子悪いんだろ?」
「随分な自信だな。木村に何ができるんだよ。」
「……。」
「何もできないくせに偉そうな事言うな!」
「……。少なくても……少なくても、そうやって俺になら本心をぶつけられるんだろ?それで少しはすっきりするんだろ?」
「……。」
「今までの、全部ワザとなんだろ?」
「……。」
「……。」
「そうだよ!やな奴演じてまで拒否したいほど、お前に近づかれたくないんだよ!分かってんならどっか行けよ!」

時が止まった。

そして、木村は去って行った。
怒りも悲しみもそこには無かった。表情豊かなその顔から、一切のそれが消えていた。
言ってはいけないことを言ったのかも知れない。
気持ちを言い当てられたようで怖かった。
木村となら……そう思ってしまいそうで辛かった。
だからこそ、退けなければいけなかった。



第三段階成功。



もう、これ以上必要ないかもしれない。ただ、止めを刺そう。





それから何日かたったその日は、朝から気分が悪かった。
とうとうか、そう思った。
自分の身に起こりつつある変化。
これでは、木村に止めを刺す必要もないかもしれない。

屋上で1人静かに時を迎えたかった。
階段は長く、扉は重かった。
体の衰えを感じ、苦笑する。

青々と高い空。夏のだるさは既に追いやられ、すがすがしい秋がそこにはあった。
グラウンドからは体育祭の練習をする声が聞こえ、ドラマのような、絵に描いたような爽やかな光景に軽く笑った。
もうこの景色のように爽やかに笑う必要も無く、この秋の午後に気持ちよさよりも白々しさを感じた。

隅のベンチに横たわり、聞こえてくる声に耳を傾け、そして思った。

(これからはうちの学年、誰が引っ張るんだろう。体育祭の中心、誰がなんのかな?)

自分ではない誰か。
「木村かな。」
そっと呟いて、自分から遠ざけた相手を思い出してる自分を笑った。


風が気持ちよかった。
日光が暖かかった。
音が優しかった。


そっと目を閉じた。
一瞬、木村の顔が見えた気がした。







2004.9.21 UP