屋上へ上がっていく中居を見た。 一人静かに階段を上る姿は、驚くほど弱弱しく、 ほんの少し前まで部の中心となってボールを追っていたとは信じられなかった。 それとも、いつもこんなだったのだろうか。 今まで、いつだって体調の悪さを誤魔化してきたのだろうか。 そうなのかもしれない。俄かにそう信じられてきた。 いったい自分はどれだけ中居のことを知っているのだろう。 どれほどしか知らないのだろう。 何も知らずに、何に首を突っ込もうとしているのだろう。 途端に世界があやふやに見え始めた。 ただ、信念だけは譲れなかった。 ―中居を救いたい― |
静かに身体を横たえた中居は気持ちよさそうで、安住の地を見つけたように見えた。 いつも見せる弾けるそれとは違う穏やかな笑顔。 何を見て、何を思っているのだろう?一歩足を踏み出そうとした時、呟きが聞こえた。 「木村かな。」 一言そう言うと、中居は静かに目を閉じた。 光に照らされ、横たわる中居は完璧だった。 得がたく、触れてはならないもののようで、僕は一歩も動けなかった。 その姿に自分まで浄化されるのを感じ、全ての不安が拭い去られ、そのまま階段を戻ろうと思った。 しかし、その時、「最後にもう一度」中居を見たいと思った。 <最後に> その確固たる自分の想いに気づいた。 自分まで中居を忘れようとしている。 中居の術に嵌りそうになっている。 そう気づき、急ぎ振り返り、中居を見たとき、その大きな瞳から宝石のような煌きが流れていった。 このまま失うわけにはいかない。 何かに囚われたように重くなった足を引きずり、中居の元へと急ぐ。 一歩が、たった一歩が進まない。 その間にも中居は明るい光のオーラに包まれていく。 明るい。いや、明るいのか暗いのか分からない。いいものなのか悪いものなのかも分からない。 助けたほうがいいのか。助けないほうがいいのか。 足が重い。 体が重い。 頭が重い。 倒れた事にも気付かなかった。 だから、その会話がなんだったのか分からない。 夢だったのか、現実なのか。 「何、バカなことを言っているんだ。それではお前は生きながらえない。」 「生きたくなんかない。こんな体ならいらない。!」 わけの分からない会話が続き、自由の効かない身体を抱え、朦朧とした中、このまま意識を手放そうかとしたその時、 中居の抵抗に続いて鮮やかな破裂音が聞こえた。 「何を拒んでいるんだ。時が来たんだよ。パートナーも見つかったなら、何も迷う事はないじゃないか。」 「俺は・・・お前と同じになんてならない。言っただろ?こんな体、いらないんだよ。」 「分からない奴だな。それでは、私が困るんだよ。きっと、木村ならお前を受け入れてくれるよ。ほら、今だって心配そうにお前を見ている。」 2対の瞳が俺に向き、その視線が突き刺さった。 何が起こっているかなんてわからなかった。ただ、俺に中居が救えるなら何をしてもいい。そう思った。 「中居?どうした?どうして欲しい?何をすればお前は楽になれる?」 その言葉に、中居の横の大きな影が冷たく笑い、そして、中居は、 「いやだ〜!!!」 とひと際大きな叫び声を残して、辛すぎる現実を手放そうとした。 が、それも叶わないようだった。 その辛すぎる顔も、声も、俺の知っている中居ではなく、ただこれがカーテンの向こうの、中居の真実の姿だと知った。 そして、中居は、何かに、おそらく横に立つ大きな影に操られているようにふらふらと近づいてきた。 「ごめん。本当にごめん。許して。こんなつもりじゃなかったんだ。」 有り余る謝りの言葉を告げると、中居は顔を傾け、俺の顔に寄せてきた。肩を抱かれ、唇が耳に近づいた。 何をしようとしてるのか戸惑ったその時、 「木村。・・・逃げて。」 小さく、しかし、はっきりとささやかれ、抱かれていて肩が突き放された。 「早く!」 急き立てられるその声に押されるようにして階段へと急いだ。 「正広!!」 怒鳴り声が聞こえた。 それに答える中居の声は・・・ 聞こえなかった。 . |
Vampire それがどんなものなのかなんて、知らない。知りたくもない。 そうであろうとなかろうと、俺は俺で、中居は中居だから。 ただ、その日から中居は俺の血が、俺は中居の血が必要となり、 付かず離れず暮らす日々が、永遠に続く事が決まった。 中居の想いを無駄にした事がよかったのか悪かったのかは分からない。 それが中居を傷つける事になるのでは、とも考えた。 でも、目の前で消えていこうとする命を見捨てるわけには行かなかった。 それが、中居なら尚更だ。 ただ、中居が一度として自分から欲さない事が悲しかった。 彼は、体の維持よりも、消滅を望んでいた。 |
2005.7.15 UP