「俺さ、色々調べたわけよ。ストレリチアについて。」
「ああ。」
「そしたら、全然違うわけ。別に、俺、結構この国も好きよ。お前のとこのおじさん、嫌いじゃないし。」
「だから、おじさんって言うなよ。不敬罪でつかまるぞ。」
「とにかく、カルセオラリアもさ、いい国だとは思うよ。平和だし、豊かだし。」
「あぁ。ちょっと名前が長いけどな。」
「んでさ、」

意識しなくとも、それでも自然と話の腰を折るコリウスにブバリアは気づかない。

自分の理想を語り、それがストレリチアでなら叶えられそうであることを熱く語るブバリア。
ストレリチアの文化、風土、発展性、調べ上げたことを説明する。
そこには自慢もなく、決してそこには行くことのできない友への遠慮もなく、夢と希望だけが存在していた。

「でさ、ちょっと保守的だろ?カルセオラリアは。勿論、伝統って言うのも俺はいいと思うんだけどさ、外の文化を取り入れるのもいいと思うわけよ。
 戦術とかも全然違うらしくてさ。というよりは武具からして違うらしいんだわ。いくらカルセオラリアが平和とはいえ、外からの勢力にはやっぱり戦わないといけない時もあるわけじゃん?
 あと、音楽とかも色々あるらしいし、その、なに?娯楽とかも色々あるらしいの。カルセオラリアの人たちって真面目すぎると思わねえ?」
「・・・・・・。」
「な、コリウス。聞いてんの?」
「ん?ああ。」

カルセオラリアでは自分を持て余しがちのブバリア。
その好奇心も探究心も、身体能力も、今のカルセオラリアでは活かしきれていなかった。
そして、これからもそれはきっと発揮されつくすことなく、平和で閉塞的なこの国で燻る事となるだろう。

自分の一存ではブバリアを行かせる事も引き止めることも出来ない。
それでも、自分の側にいて欲しい。
ましてや、もう戻って来ない事が分かっていて、ストレリチア行きを勧める事など、コリウスには出来なかった。

しかし、目の前のブバリアの生き生きとした表情に、きらきらと輝く目に、コリウスは次第に自分の中の気持ちを変えて行った。
もとより、自分の気持ちを制御することには長けていた。そして、帝王学の成果か、年の割りに、周りの人の活かし方をよく知っていた。
ストレリチアに行かせた方が、ブバリアのためになる。
自分の気持ちを押し殺して、コリウスの中で、その意見が大きくなりつつあった。

先日―見た―ブバリアと、そしてまだ名前も知らない少年の顔が目に浮かぶ。
写真をめくるように―見た―何枚もの映像。
いつ何時でも自分の横にいるのはブバリアだと信じて疑うことになかったコリウスには辛い映像だった。

「コリウス?」
涙こそ浮かべていないが、友人の変化にブバリアの興奮も冷める。
熱に浮かされたようだった表情がにわかに曇り、引き締まる。

「な?俺、行って大丈夫なんだよな?」
「どうして?」
「お前のその顔見てりゃ、不安にもなるよ。」
「・・・・・・。いや、大丈夫だよ。って俺の力は、安定してないから見たいものが見れるわけじゃないっつーの。」

自嘲するように笑うとコリウスは言葉を軽くした。
暗い会話は避けたかった。

「そうだけどさ。やばくなったら言えよな。」
「やだよ。」
「お前なぁ。俺が、帰ってきたら、お前を立派な王にしてやるよ。」
「お前にしてもらわなくてもいいっつーの!」

軽口を叩くコリウスに対し、ブバリアは表情を硬くした。

「色々勉強して、吸収して、それで俺はこの国に戻って来る。俺は、」



―見えた―

成長して戻って来るブバリアの姿。
重厚な装備にたくましい体。
その手には剣、見たことのない武具。

そして

そして

その先には

自分。



目の前がスパークした。

「うわぁ〜っ!!」

大きな声をあげると同時に城が揺れたように感じた。

「どうした?」
「・・・なんでもない・・・」
「なんでもないわけないだろ!!」
「なんでもない!」
「コリウス!!」


父が、母が眉をひそめてやってくるだろうことがわかった。
けれど、実際に一歩早く到着したのはシクランで、次期筆頭星読みとして、コリウスをかばい、王と王妃を退散させた。

「決してー見たくて見るーわけではないんです。コリウスが望んでその力を手にしたわけでもありません。今は、力を制御しきれなかったのでしょう。
 酷く、疲れて落ち込んでいる彼を、そっとしておいてあげてください。」

そんな説明をしているのが部屋の中にかすかに聞こえた。




青ざめたまま、帰ってくれるように伝えると、ブバリアは自身まで顔色を青くして戻って行った。
シクランだけが今、静かにコリウスに寄り添う。

「何か辛いもの見た?」
「・・・・・・」
「大丈夫?」
「・・・・・」
「さっき、王様と王妃様にも言ったんだけど・・・」
「聞こえてたよ。」
「そう」
「どうして俺なんだよ。見えていいことなんて何もない!!そんな力欲しいだなんて思ったこともない」

激しい口調のコリウスに、シクランは少し悲しそうな顔をした。

「君が力を得たのは、君が選んだんじゃない。欲したんじゃない。」
「だから、そう言ってるだろ。」
「じゃ、どうしていきなり―見る―ようになったと思う?」
「・・・・・・」
「力が君を選んだんだ。君は選ばれし者なんだよ、コリウス。力は誰もが持っちゃいけないんだ。だから、力こそがそれを授ける人物を選ぶんだよ。」
「・・・・・」
「ま、力を持ってる僕が言うのもなんだけどね」

沈黙が続いた。
ブバリアなら嫌がるその沈黙を、シクランは嫌うことなく、ただじっと同じ室内でコリウスを気遣っていた。





長く続いた沈黙を打ち破ったのは、冷静さを少し取り戻したコリウスだった。

「この間話してたストレリチアに行った事があるって言うやつ。」
「うん。イリスって名前なんだって。」
「ブバリアに・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「会わせるの?」
「・・・紹介してやって。」

それだけいうと、コリウスは今度こそ、友だちでさえも拒否する沈黙の中に身をおいた。
自分と友人の関係のみならず、自分の将来をも、正確に言うならば生死をも左右するブバリアのストレリチア行き。
辛くないわけはなかった。
それでも、ブバリアの将来を思うと、引き止めることも、もう出来なかった。
自分にさえ力があれば、王子として立派に責務を果たし、王になる道が前に続いていれば、友人を活かす事も引き立てることも出来るのに、今はただ2人して檻に閉じ込められているほかない。
―見える―ことさえなければ・・・。


コリウスの引きつったような泣き声が聞こえた。











コリウスの沈んだ気持ちをよそに、時は止まることなく過ぎていき、季節は巡った。
花の季節が終わり、青々とした緑が葉を広げ、どこか薄暗く寒々しい部屋を一歩出ると、そこはもう夏の日差しだった。
コリウスの部屋から広がるバルコニー。そこが彼に許された唯一の「外」であった。
今、そこに若々しい少年たちが集まっている。

コリウス、ブバリア、シクラン、弟のコキアと、シクランの弟子セルリア。それにイリスがそろい、広いバルコニーがいつにもなく輝いていた。
シクランにより紹介されたイリスとブバリアは意気投合し、複雑な思いを感じる筈のコリウスもたまに会う彼には不思議と悪い感情を抱かなかった。

―見える―ようになって以来、暗い表情を見せることの多いコリウスも幼い頃から好きであった夏の光を浴びて明るさを少し取り戻したようだった。
眩しさに眼を細めつつ、体を思いっきり伸ばし、友人達とはしゃいでいる。
ブバリアは最高の時だと、全力で今を楽しみ、普段は心配そうにコリウスを見つめるシクランも今日は友達同士の遊びにはしゃいでいた。
人見知りをするコキアもイリスに対してはそれをせず、顔を合わせることが少なかったセルリアもすっかりもう皆に馴染んでいた。
国を追われて、カルセオラリアへやってきたイリスも、最初の頃こそ城内での王子との面会に戸惑っていたものの、鮮やかな笑顔を見せていた。

ひとしきり楽しみ、思い思いの格好で、好みの飲み物を手に休んでいると、イリスが口を開いた。

「僕さ、そろそろ・・・」

言いかけるとコリウスに向き直る。

「カルセオラリアではとっても、よくしてもらって、僕だけじゃなく仲間たちみんな感謝してる。」
「いきなりなんだよ。」
「コリウスの計らいがあったって、シクランから聞いたから。」

強い視線でそちらを見ると、シクランはわざとそっぽを向いて飲み物を口にしていた。

「でも、やっぱりここは僕たちのいる場所ではないんだよ。不満があるわけじゃない。そうじゃなくて、多分、や、きっと、この国で暮らした方が幸せなんだと思う。みんなそう思ってる。それでも、やっぱり僕たちはよそ者なんだよ。」
「別にそんなに気を使わなくていいよ。確かに、この国は民族意識も強いし、悪い人たちじゃないけど、今までも自分たちだけの民族で暮らしてきたから、排除する気はなくても、他者を知らず知らず排斥しているところがあるかもしれない。」
「豊かだし、平和だし、迷ったんだけど、しかも、もう国には戻れないし。でも、やっぱり・・・」
「出て行くんだな。止めないよ、イリス。寂しくなるけど、それが決まったことなら。」
「面倒見てもらっといて、なにも恩返しできないまま去ることになっちゃうけど」

長い睫毛に縁取られた大きい目を伏せ、申し訳なさそうにするイリスにコリウスの口の端が持ち上がる。

「なに沈んでんだよ。そんなの大人同士の問題だろ!俺らには関係ないじゃん。」
「大人同士って・・・」

昔から、子供らしくはしゃぎながらも、自分の立場を忘れる事のなかったコリウス。
身分の違い、立場の違いをいつでも明確に、しかし嫌味にはならないように把握している子供であり、少年であった。
それが今、普段とは違う姿を見せている。

「兄者?」
とコキアが首を傾げるのも、
「コリウス」
とシクランが心配そうな目つきになるのも当然のことだった。
「コリウス変わったな」
ブバリアは心配そうな2人をよそに、明るく口を挟み、場を明るくした。

普段と違う態度を取ってまでも、この場を暗くしたくない、そのコリウスの気持ちにブバリアは気づいていた。
明るく旅立たせてやりたい、その気持ちが伝わってきた。
ブバリアにより、うまく雰囲気が変わると、あとはまた少年たちの持つ明るさがその場を支配した。

「僕、もっとイリスと遊びたい」
コキアが半べそになりはしたものの、ほかは皆、イリスがこれから羽ばたく場所を想像して期待に胸を膨らませていた。
いや、膨らませている振りをしていた。

自己を律して明るく振舞っているコリウスに、シクランは気づいていた。
友人の心をむやみに見たり、ましては一度言いたくないといわれたことを力を使って―見る―ようなことは決してしなかった。
しかし、力をもってしなくても、もともと洞察力に長けた彼にはコリウスの気持ちが見えていた。

そして、ブバリアも今、気づいていた。
もともと、人の評価を気にしないブバリアは、コリウスの境遇を悔しがりこそすれ、悲しむことはなかった。
コリウスの能力も捨て去ろうとする周りの人間を愚かだと思い、いつか2人でいい国を作るのだと夢見ていた。
自らのストレリチア行きも自分たちの明るい未来への第一歩としか捉えていなかった。
しかし、押し隠していても気づいてしまった友人の旅立ちに対するコリウスの悲しさ。
そこにブバリアは、初めて、コリウスの孤独と諦めを感じたのだった。

そしてコリウスは困惑していた。
また一人、自分の周りから去っていく。
もう、その事を寂しく思うこともないだろうと思っていた。
いつかそういう日が来るかもしれないと、深入りしないでいた筈だった。
しかし、やはり心の中には漣が立った。
いつものように押し隠せなかったのは、そこにブバリアと自分の今後が関係すると分かっていたからだろうか。
気取られると分かっていて、下手な演技をするしかなかった。



三人三様の気持ちを、しかし、外に表すことはなかった。
「ねぇ、イリス。これから、どこに行くの?」
幼い声でコキアが尋ねた時に、コリウスが小さく息を飲んだ以外には。





                                                                      2007.5.15UP