数日後の黒鳥の部屋に、以前の二人組がいた。 「お陰で助かったよ。」 「別に。」 「国をまたいで強盗してる男でさ。」 「ふーん。」 「奪うものは一流。ただ、自分以上の悪党にしか手を出さないし、命も奪わない。 支援してるパトロンとかもいてさ、むやみに手を出せないんだよね。」 話を聞いているのかいないのか、何の反応も見せない黒鳥を気にする様子も無く、 2人は興奮気味に話を進めていく。 「とりあえず国から出て行ってもらいたかったんだよ。」 「あと、ま、ちょっとな。」 そう言うと2人はいやらしそうな顔をして指で金の形をかたどった。 「色々持ってるらしいぞ。」 「現金というより物をね。お前さんならもう貰ったかもね。」 その話を聞いても黒鳥の目に感情が生まれることは無かった。 「ま、近いうちに出て行くことになるだろうか、お前さんも遊ぶなら今のうちだぞ。」 「分かった。」 黒鳥が頷くのを確認して二人は外に出て行った。 それと入れ違いに入ってきた男がいる。 「相変わらずいい客取ってんだな。」 「あれはサツ。客じゃない。」 部屋の隅を見ている黒鳥は顔を上げようとしない。 「分かってるさ。この間とってた客の事だろ?お前もサツに売るなんて人が悪いな。」 「別に。」 「いい物持ってるって言ってたじゃないか。何か手に入れたか?」 「何も。」 「そんな事言ってさ。なんか貰ったんだろ?」 近づいてくる男は顔をにやつかせる。 「だから何も貰ってないって。」 そう言った途端、男の形相が変わった。 「何やってるんだ!」 声よりも先に手が出た。 「体で金を得るのがお前の仕事だろ。持ってる奴から取らなくてどうすんだよ!」 黒鳥の小さな体は簡単に倒され、傷が付けられた。 「顔さえ綺麗なら、誰もそれ以上は見てないさ。」 靴先が体のそこかしこに当たる。 苦しみも怒りも表さない姿は、一層男を煽った。 ひとしきり、痛めつけ気が済むと、 「何か金目のもの、いなくなる前に必ず取って来い。」 床にうずくまる黒鳥にそう吐き捨て、男は部屋から出て行った。 「体も商売道具だっつーの。」 弱々しく呟いた黒鳥は身を丸め、何度も咳き込みながら痛みが引くのを一人でじっと耐えるしかなかった。 「黒鳥さん、こんばんは。」 黒鳥が歩きながら顔を顰めている事には気づかずに、今夜もたくさんの声がかかる。 「ったく。」 そう呟きつつも、顔は笑顔、オーラを輝かせる。 「今日も綺麗だね。」 声が掛かる度に、輝きが増す。 ただ、その心は冷え切っていた。 「こんな体のどこが綺麗なんだよ。」 美しい羽が傷ついていることにも気づかずに、賞賛の声は止む事を知らない。 数日後。 冷え切った黒鳥の視線の先に男がいた。 金のおかげか、パトロンのおかげか、さっさと釈放されたらしい。 顎で町の一角の部屋を指す。 部屋に着き、珍しく黒鳥から口を開く。 「悪人だったんだ。」 「それ程でも。」 「だって、しょっ引かれていったじゃん。」 「誰かさんのせいでね。」 からかうような視線で顔を覗き込まれ、黒鳥は顔を背けた。 「別に何も言ってない。」 「ま、いいよ。今はこうやって自由の身だし。長居は無用だけどな。」 「出てくの?」 「何?寂しい?」 再び男の顔が近づく。 「まさか。」 適当に、男の所持品を触りつつ、照れ隠しも何も含まない冷たい声で返す。 「それ、凄いだろ!カリビアングラス!」 それも気にせずに、黒鳥が手に取っているものに気づくと、男は嬉々として説明を始める。 「高いんだぞ!」 「ふーん。」 「もう今は作れないんだ。」 「・・・・・・。」 反応の無い黒鳥を男が訝しがる。 「何?実はいっぱい持ってるとか?」 「そんなんじゃない。」 「じゃあ、何?」 「興味ない。」 興味の持ちようも無い世界で黒鳥が生きていることを男は知らない。 「行った事ある?」 それでも、男は話を続ける。 「どこに?」 「他の国。」 「いや。」 「どこにも行った事ないんだ。じゃ、どこら辺まで知ってる?国内なら詳しいとか?」 尋ねる男の顔はどこまでも無邪気だった。 「知らない。」 「どっか旅行とか行かないの。」 「行かない。」 「じゃあさ、どこまでなら行った事ある?」 「あそこの街灯。」 ガラス玉のような瞳で黒鳥が指差した先は、町のはずれの灯り。 「嘘だろ?」 しかし、その瞳が冗談だと笑うことはなく、引きつったような黒鳥の顔が変わることは無かった。 「ああ、ちょっと疲れた。悪いけど、今日は金要らないから、またにしてくれない。」 生気の失せた青い唇から言葉がつむがれるのを、男はじっと見てた。 「悪い。今度半額にするからさ。」 「何もしなくていいから、ここにいてくれないか。金なら払うから。」 男の熱い言葉に、黒鳥は馬鹿にしたような表情を無理やり作った。 「何?珍しいね。サツにも金払ってさ、結構きついんじゃないの?」 無理やり作ろうとした表情がうまく作れていない黒鳥を見て、男はさらに言葉を熱くする。 「金なんてどうにでもなる。な?オディール!」 自分の名前を呼ぶ声を耳にして、黒鳥の顔色が変わった。 「そんな名前じゃない!そんないい名前じゃないんだ!そんな風に呼ぶな。そんな・・・」 うずくまった黒鳥に手を伸ばす。 「大丈夫か?」 ゆっくり話が聞きたかった。しかし、触れた指先に感じたのは高い体温。 黒鳥が取り乱した原因を知るのは先送りされそうだった。 |
2006.2.17UP
実はこの話、まだ続いていたんです。
そしてこれからも、続くんです。
長い事放っておいたのに、応援の声をいただいて
やっとの更新となりました。
今年中にfinaleを迎えたいと思っています。