circlet 〜the one ring〜(3)



中居が見せる切ない顔は、その声と共に歌に乗って響いた。

歌詞に合わせて手を差し出した時に目に入った指輪のない指先。
木村は見ただろうかと、視線を外し、隣を伺った。
変わらない様子で歌い続ける姿に自分もそうでなくてはいけないと身を正した。
それでも震える口元は衣装のマフラーで覆い隠した。

歌い終わっても強張った体の緊張が解ける事はなく、それは一層強まって行った。
すぐ側にある木村の気配に顔を上げる事もできず、丈の長い袖の中に中指を隠す。

収録の終了を告げるスタッフの声にスタジオは張り詰めた空気から開放された。

メンバー同士の話し声も大きくなる。中居一人を除いて、誰もが晴々としているようだった。

「お疲れ〜。」
声を掛け合い、スタジオを後にするメンバー。

「中居君大丈夫?顔色悪いよ」
「今日はお酒もほどほどにして早く寝なよ」
「じゃあね。また明日ね」

三人三様の声の後に、無言で乗せられた掌。
しっかりと、それでいて乱暴ではないその重さ。

顔を上げる事が出来なかった中居は、その時、木村も視線を逸らしていた事に気付かなかった。




「中居さ、今日…」
何か聞いてみようかとも思ったが、自分に背を向けて帰り支度をしているマネージャーが
何かを知っているとは思えなかった。

「中居さん?」
「いや、いいや」

衣装さんに話を聞こうかとも思ったが、答えは聞く前から分かっていた。
ドラマでも、ツアーでもないレギュラー番組で指輪の指定まで受ける事はない。

「調子悪そうだったしな」
そう言って、ただの付け忘れだと思い込もうとした。






楽屋に戻った中居はソファーに沈みこんだ。いつもの三倍以上の疲労を感じる。
マネージャーの呼ぶ声がなかったら、きっとそのまま寝入っていただろう。
何とか身を起こし着替えを済ませ、車に乗り込む。

寝ているのか起きているのか分からない中居を乗せて車は走る。
「具合悪い…わけではないですよね?」
「ああ」
「どこかで見付けたら拾っておきますね、指輪」
「頼む」

そんな会話をしていると、中居の携帯がなった。

ディスプレイに表示された名前を見たまま出ようとしない中居。

「出ないんですか?」
ためらう中居の背中をさりげなく押す。


「もしもし?」
「ああ、俺」
「うん」
「どうした?」
「え?」
「今日なんか変だったから」
「んー」
「ま、体調悪いわけではなさそうだったから、ほっといたけど」
「どうして?」
「え?」
「どうして体調は悪くないって分かるの?」

他のメンバーは分からなかったのに。

「ん〜、なんとなく。熱がある時は顔で分かるし、体調悪いなら、それを隠そうとして
もっとハイになるからかなぁ。よくわかんないけど。で、どうした?」

心地よい声に今すぐ身を預けたくなる。

「指輪がなくなるんだ。いきなりなくなって、いきなり出てくるの」
「何それ。ヒロんち、何か憑いてるんじゃん」
「えっ…」
「嘘だって」
「やめろよ。帰れなくなるだろう」
「じゃあ行ってやるよ。今から行くよ」

もし、自分が一言切り出せば、その後の会話はデジャブでも見たように想像がつく。
何も説明しなくても「来て」と言えば来てくれる。甘えてしまおうかと思った。


「なんでもない」
しかし、気持ちに反して口走ったのはそんな言葉だった。
「だって」
「疲れただけ」


「指輪…どうしたんだよ。俺からのは付けられなくて、誰から貰うつもりだよ」

会って問い質したいのはその事。心配する振りをして、本当はそれが聞きたかった。
それでも、自分がそんな事を言える立場ではない事くらい知っていた。
自分はもう特別な指輪を他の人に渡してしまったのだから。

「そう。じゃあ、ゆっくり休みな。また明日な」
「ああ」

電話を切った二人は、どちらもが深い溜息をついていた。そして、木村は自分の指を見た。
そこで光る中居とお揃いではない指輪を。
中居は同じような光る物を車の中で見つけた。

「あ!あった!」