◇コメント
Aug 31, soiree, Sep 1 matinee, 2004
Queen's theater(ロンドン)
Jean Valjean : Sean Kingsley Javert; Michael Mccarthy
Fontine ; Joanna Ampil Thenardier : Stephen Tate
Mme Thenardier : Katy Secombe Cosette : Lydia Griffiths
Eponine : Gemma Wardle Marius : Gary Tushaw
Enjolras : Oliver Thornton(8/31) Jonathan Williams(9/1)
6月にロンドンで観てから、忘れられなくて、アダムを観るための再渡英だというのに1日早く出発して、レミゼを見てきた。6月に帰国してから、レミコンに出かけ、ロンドンバージョンをはじめとして数々のサントラを聞いて、原作を読んで、ビデオをみてそれでもあきることのないこの作品の魅力にとりつかれていた。
今回、渡英前から残念だったのは、6月の終わりにキャストの入れ替えがあったことだ。あの一ヶ月間だけジャンバルジャンを演じていたサイモンボーマンさんは、もどってきてと署名運動がおきるほどの人気のバルジャンらしい。そして、何よりわたしが、残念だったのは、金髪さらっさらっのマリウス、ジョンリー君が1年のお勤めを終えて6月の終わりにウエストエンドを去っていることだ。その他もかわっているらしいけど、これが今回どうでるだろう?
到着日いきなりのソワレ。今回は、日本でチケットをとったので普通の真ん中くらいの席だ。オペラグラスは、基本的に必要ないくらい。今回は、舞台全体がよくみえる。クイーンズシアターは小さい劇場なので、レミゼのセットがはいるとすごい臨場感だ。あの聞きなれたオープニングのメロディーが始まると徒刑囚たちが警官に伴われて登場する。変な話、外人がやるとものすごく生生しい。しいたげられた囚人に警官がけりをいれるところなんか、舞台を通して現実をみているみたい。
さて、ジャンバルジャン。すごーい、かすれ声。つぶれてるんだろうか?それとも地声?この前のサイモンさんといい、CDで聞いたバルジャンたちは、わりと高音で、澄んだ歌声だった。声量があって、’24601〜’のところなんか、’とぅふぉしっくすおーわ〜あ〜あ〜んんんん’という感じだったけど。今回のショーン、バルジャンはそういうわけでか、歌がせりふに近いです。そして、それがわりと乱暴な口調なので英語は前の人より聞き取りづらい。9月1日のマチネは、例の最強最前列でみてみると、若いのです。ショーンさん。彼のジャンバルジャンは、原作のコゼットと出会うまでの粗野な感じに近いと思う。最後までわりとその路線でしたが、これもありかなという感じで別に嫌いじゃなかったです。例の’24601〜’は、ちょっとのびてないなーと残念でしたが。あと、最大の聞かせ場所’Bring him home'は、あの声でどうなっちゃうんだろうと思いましたがそれなりに味わいがあり、ふーんという感じ。だけど、今回、涙じわじわはなかったです。これは、ショーンだけのせいじゃないけど。
そういえば、司教様も若くなっていた。今回の司教様は、金髪です。前にみた人は、とても優しくて、つつみこむようにジャンバルジャンを信じてますよという感じで、新しい旅立ちに希望を託していましたが、今回の司教様って、人生に迷うジャンバルジャンを決して神の道からはずさせないぞという情熱にあふれており、ジャンバルジャンのとまどっている肩をしっかりとつかんで’by the witness of the martyr, by the passion and the blood'のところなんて、歌詞の重みをそのままぶつけている感じ。これもなかなか新しくよかったです。
フォンティーヌ登場。この方は、前と同じです。フォンティーヌは儚いイメージでみている人が多いようですが、この方のフォンティーヌは力強いです。歌に力があるので、死にそうなときも本当に死んじゃうんだろうかと思うくらい。今回は、予習ばっちりなので、どうしてフォンティーヌが意地悪されたり、娼婦になったり、ジャンバルジャンに子供を託すお約束をしたのか明快です。
フォンティーヌが登場するあたりは、エピソードが盛り込まれており、いかに前回さっぱり理解してなかったかと気づかされました。フォンティーヌと出会ってコゼットを迎えにいくまでに、馬車で人を助けたり(これ一応みてわかるので、みてはいたのだけれど)、そのことでジャベールがジャンバルジャンと市長を重ね合わせて思っていたけど、別の男が逮捕されて自分がまちがっていたことをいう場面も把握してなかったし、そのすぐあとの一瞬の裁判の場面なんか何がなんだかだったけど、この裁判の告白でジャベールがジャンバルジャンと市長がはっきり同じだと知り、フォンティーヌの死の床で二人は初めて対決したりと今回、ほお、そうだったのねーと大事なことをたくさん知ったのでした。
ティナルディエ夫妻は、前回と同じ。これは、日本でもそうらしいけど、芸達者な方が演じるらしい。ティナルディエは、全体を通して、常に中心的な話の影で悪いことをたくらんでいて、その存在をみせつけている。原作を読んでも根からの悪党で、愛される要素がさっぱりないのに、観客がティナルディエに向けるまなざしはいつもやさしい気がした。ティナルディエ夫妻がコミカルに歌うところがこの芸達者な二人で演じると見事なエンターテイメントになるからだろうか。
コゼットをひきとって10年後のパリ。前回は、この貧民街のセットの中にこんなに主要登場人物がひしめきあっていたことに気づかないでいた。ま、いいや。CDでばっちり予習済みなので、どこでマリウスとアンジョルラスが登場するかチェックしたから見逃さないわ。と、思っていたら、マリウスとアンジョルラスの歌の順番がかわっていた。おいおい。だから、最初、あれ、キャスト変更?と思ったら、ただ単に順番かわているだけだった。
げー、これがあのマリウス????黒い髪がくりっくりっだ。それにこ、なんかこの顔見覚えある。 最初は、フランス語会話のドミニクシャニオンだと思っていたら、同行したお友達が’藤井隆みたい’というので、それ以降はそのようにみえました。うーん、このくりっくりっ髪のポニーテールにもみ上げ、だめ。エポニーヌが’あなたの髪の生え方好きだわ’というせりふがあるんだけど、わたしは嫌い。エポニーヌの人もそういえばかわっている。ちょっとふけた感じ?エポニーヌはティナルディエの娘で、けっこう悪いことに加担して暮らしていたから、これくらいすれた感じも正しいのかもしれないけど、切なさも足りない。前回、あれほど、エポニーヌがマリウスに愛されない切なさがわたしの胸に迫ってきた感じがありません。これは、エポニーヌだけのせいではありません。マリウスっていっぱいこれ以降登場するんだけど、今にして思えば、前回は、こっちがマリウスにエポニーヌやコゼットといっしょに恋していったんだと思う。だから、前回は、マリウスがエポニーヌの気持ちにすっかり気づかないで、コゼットに夢中なことが悲しくて、切なくて、’A little fall in rain'で、初めてマリウスに抱かれながら、息をひきとっていくところでは涙じわっときたんだと思う。今回は、うーん、マリウス藤井隆に抱かれてもねーという感じ。あと、このゲーリーマリウス君は、エポニーヌが怪我していることにとまどっていて、彼女をいたわってあげる気持ちより、どうしようみたいなところが強いので、せっかくマリウスに抱かれてよかったねという気持ちになれなかった。ついでにマリウス関連まとめてしまうと、ゲーリー君の歌い方は、オリジナルのマイケルボール氏の路線を踏襲しているようです。つまり、熱唱系ですね。わたし的には、これもNGなんです。ジョンリー君は、アイドル歌手のせいか、歌はさらっとしていて、全体にうす味でした。顔のつくりもうす味で、髪の色も金髪うす味で、マリウスのような濃いキャラをやるには、このくらいが個人的には好きです。原作のマリウスもジョン君と同じくらいの年で、お金持ちのぼんぼんが社会になげだされたばかりの無邪気さと初めての恋に夢中になる様は、そんなに情熱的に演じなくても十分に伝わるものだと思いました。わたし的なクライマックス'Empty chaire, empty table'もゲーリー君は濃すぎ。もっとさらっと歌ってほしかった。あっさり系マリウスがみたい!!ちなみに、'Bring him home'で泣けないのもひとえにゲーリー君なんだよね。この歌は、娘の愛する若者がバリケードで疲れて眠っているのを見つめて、その命を助けてほしいと祈る歌です。その姿は、自分の息子ほどに若くて、戦いつつも怖れを感じていて、いとおしくて、いとおしくて、どうかこの子を救ってやってくださいと、神様に心からお願いするところです。だけど、マリウスがかわいくないので、その愛おしさを共有できなくて、2度とも涙じわじわきませんでした。正直いうと、2回目のときは、アンダーの人とかわってくれないかなと思っていた。工場労働者の中で、ゲーリー君をみつけたときのがっくり感、忘れられません。
で、アンジョルラスね。こっちは、ぎりぎりセーフの9月4日までオリバーソントン君です。が、2回目は、アンダーの方でした。かえすがえすも残念だ。アンジョルラスは、原作でもカリスマ的に美しい青年なのだ。前回きたときから、かっこいい人ねーと思っていたけど、やっぱりかっこよかった、オリバー君。が、さすがに長いステージ、お疲れだったのか、声量切れの様子。前回は、うまいわ、うまい、うまいと思っていたら、2幕でちょっとかすれてたし、もともとスタミナ足りない人なのかも。ひとまわり、細くなっていたし。ま、そんなことはいいや。アンジョルラスが美しいというのは、レミゼの基本です。前回は、ジョン君が金髪だったので、黒い髪にしているのかと思っていたけど、今回も黒でした。オリバー君の地毛は金髪なので、今回は金髪でやってほしかったな。原作で、アンジョルラスが死ぬところは、彼が美しすぎて’花をうつようだった’という表現があるけど、また逆さづりでバリケードで死んでいる姿はその言葉を彷彿させた。ここを美しくみせないと、アンジョルラスを演じる資格はないのです。Come back, オリバー!
で、アンダーの方ですが、悪くはなかったです。相手のマリウスが藤井隆のせいか、それなりにハンサムに見えたせいかも。歌は、スタミナ不足のオリバー君に比べて迫力あったし。だけど、このアンダーの方と、藤井マリウスでは、群集にまじるとわかんなくなるんですね。華がないっていうんですか?ジョン君マリウスとオリバーアンジョの群集にいても、きらっと光るアイドル性が、圧倒的に欠けていました。1年限りの限定でしたが、マチネアイドルのお二人のマリウス&アンジョルラスをみれたことは、つくづく幸運だったのだとしみじみ実感します。舞台は、本当に一期一会だ。どんなに感動しても、その瞬間は記憶の中にしか残すことができなくて、2度と同じものを経験することができない。アダムのSwanといい、ジョンリー君&オリバー君のレミゼといい、その奇跡の瞬間に出会えたことだけでも神様に感謝しよう。
そして、ずーと大事な人が登場してないじゃあないかと思いますよね。そうです、ジャベール。あのおデブのおじさん、変わっていません。この方は、もうジャベールを演じるために人生を生きているのかもしれない。ロンドンの前は、ブロードウエイの最後の公演にも出演していたそうだ。ロンドンの実力をまさにみせつけてくれたのは、この方、マイケルマッカーシーさんでした。前回は、ストーリーを把握してなかったせいで、この方の’Star'とか自殺の歌をすごいなーと思いつつも、その深さを理解できずにいた。が、今回は予習ばっちり、原作も読んだし。ジャベールの解釈は、俳優さんや演出の人によって随分違うみたいだし、彼をいかに魅力的に演じるかでレミゼそのものの評価にもつながるような重要な役どころだ。マイケルジャベールは、どこまでも法に忠実で、最後まで冷静だけど、自殺直前くらいから、少し人間的になって、わりとくやしさみたいなものもにじんでいたような気がする。マイケルジャベールは、ジャンバルジャンの俳優さんがどんなにかわろうとも、いつでも来いとしっかり受け止めてくれる頼もしい方だと思いました。この方が、ジャベールで歌っているかぎり、ロンドンレミゼは健在でいることでしょう。
と、いうわけで、アダムのついでの観劇でしたが、レミゼがまた観れてとても嬉しかった。レミゼは本当に好きな作品だ。できることなら、またウエストエンドに観劇にもどりたい。この作品は、世界各国で同じマッキントッシュバージョンが演じられている。ドイツでは、あのエリザベートのウーベさんがジャベールをやっているそうだ。各国バージョンをみてみたい。いい古されたつきなみな言い方だけど、心に響くものは言葉を超えている。あの音楽の力と原作のすばらしさが、各国一流の俳優によって命をふきこまれ、その作品をつくりあげるのだと実感させられる。これからも、機会あるごとにこの作品を見続けていきたい。
おしまい
用語解説
レミコン:レミゼラブルインコンサートの略。ミュージカルレミゼラブルの歌だけをコンサート形式で、各キャラクターが歌う。
ウエストエンド:ブロードウエイのようなロンドンの劇場街。数々の世界の大ヒットミュージカルの発祥地でもある。
ソワレ:劇などの夜の部。
マチネ:劇などの昼の部。
24601:ジャンバルジャンの囚人番号。囚人は、名前でなく、番号で呼ばれる。ちなみに日本では、24653に変更されていた。
アンダー:アンダースタディの略。代役。
マチネアイドル:ジョン君&オリバー君のコンビのとき、二人の美形スターという感じで売り出していた時期のレミゼラブルのキャッチコピー。
エリザベートのウーベさん:ミュージカルエリザベートのウイーンオリジナルキャストでトートを演じた歌手。ウイーンオリジナル版CDでその歌声をきける。
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