2004年6月15日、16日、17日マチネ&ソワレ18日、19日
Limbury theater(ロンドン)
Soldier : Adam Cooper, Devil ; Matthew Hart
Princess ; Zenaida Yawensky, Narator : Will Kemp
Choreography : Will Tacket
今度こそ、アダムを間近で毎日、毎日見つめてこようと最前列のセンターのチケットを手にロンドンへとやってきた。OYTの日本公演でのお祭り騒ぎのあと、あんなに寂しかったのがうそのように、心が浮き立っていた。
リンバリー劇場は、300人とか400人とか聞いていたけど、たしかに小さい。ここなら、かなり後ろでもOKかもしれない。舞台も小さい。大まかには、舞台は2段になっており、舞台の両端にもテーブル席がある。酒場の雰囲気。テーブルの上には、ろうそくの明かり。わたしの前にはオーケストラピット。全部でマエストロをいれても8人。こじんまりしているけど、みんな正装でちゃんとした作品なのねと実感する。
音楽も始まらないうちにアダムが一番上のテーブル席にすわっている。まあ、これは嬉しい演出だわと思っていたら、反対の端には支度中の雰囲気のゼナイダさん。音楽がはじまってウイルケンプ登場。これが、ウイルケンプか。今回のメークは、これだけの美形ダンサーをあつめていながら、わざとそれを崩すようなコミカルだったり、どぎつかったりするメイクだ。アダムは、疲れた兵士の役なので、無精ひげは自前で、目のまわりにしろや黒や赤のメークで、田舎の兄ちゃん感いっぱいだ。ウイルは、道化もかねているせいか、口ひげに必要以上に濃い眉。スマートにみせないためか、本当にスマートでないのか、全体的にぽっちゃり。ウイルの紹介で幕があく。
兵士が故郷に向かって歩いている、歩いて、歩いて疲れ果てている。タケットさんらしい振り付け。バレエっぽさを残しつつ、何気に崩してコミカルな動き。兵士がごそごそかばんの中から、お守りのペンダントだの、鏡だの、恋人の写真だのといっしょに小さなバイオリンを取り出す。バイオリンを持ってまた兵士が踊る。そこへ、老人悪魔登場。’そのバイオリンをくれよ’’いやだ’’じゃあ、売ってくれ’’いやだ’’じゃあ、この本と交換しよう’。アダムの'No'という言い方がなんだかかわいくて好きだった。マシューのじじい加減は抜群だ。この人、ってダンスうまいなーとOYTやマイヤリングのときに思っていたけど、演技も個性的だったのねと実感。老人悪魔の巧みな誘いで本を手放し、さらにお食事やお酒やたばこにつられて、兵士は寄り道を決めてしまう。
そして3日がすぎ、悪魔と別れて故郷に帰る兵士。だけど、誰も彼にきずかない。それどころか、恋人は結婚して子供も二人いるらしい。3日じゃなくて、3年がすぎていたのではないのだろうか?たたずむ村の娘、恋人役のゼナイダが美しい。二人の近づきつつ、寄り添えないパドドゥが始まる。二人は、お互いの存在を感じながら、見えていないのではないかと思われるダンスだ。個人的には、ここが一番好きなシーンだ。ゼナイダさんをゆっくりあげるアダムの手が美しい。リフトをこんなに間近でみたのがはじめてだったせいもあるけれど、男の人が女性をリフトすることが、こんなにきれいなものだと知らなかった。愛し合いながらすれ違う男女のからみは、タケットさんお得意らしい。Proverbやデュエットでみせたような、ちょっと切ないあきらめみたいな雰囲気がここでもただよっていた。ここは、悪魔もでてこないし、おふざけもなし、アダム&ゼナイダのダンスを堪能。
また、あの老人悪魔登場。兵士、怒りだす。だまされた、自分の時間を盗まれたと。でも老人悪魔は、狡猾だ。あの本はどうした。あの本に何が書いてあった?ちゃんと読むんだと、兵士に本を押し付けて去っていく。兵士は、その本を読んで、商売を始める。商売は順調でお金がどんどんはいってきて、ほしいものはすべて手にはいる。が、兵士は気づく。何でも手にはいるってことは、何ももってないのと同じ。everything is nothing!そうそう何かその感じわかる。もし、ほしいものが全部何の苦もなく手にはいったら、きっとむなしくて死んでしまうと思う。兵士のむなしさは募っていく。
と、思っている間に、おばあさん悪魔登場。マシュー、いいわ。かわいい、でも狡猾なおばあさん感いっぱい。黒いドレスに黒い帽子、でもしましまの靴下。弱弱しいおばあさんの振りをしながら、そこは悪魔。兵士からまきあげたバイオリンをまた兵士に売ろうとしている。兵士、バイオリンをとりもどす。でも、鳴らない。。。
兵士、バイオリンを投げつける。
ここは、毎日、バイオリンスペアがあるんだろうかと心配になったところだ。アダムは、思いっきり奥の壁にみかって投げつけるのだ。
兵士は、再び歩きだし、ある街(国?)の酒場にたどりつく。寂しく一人で飲んでいると、今度はスーツ姿の悪魔登場。’ハロー、メイト’の言葉が憎憎しい。今度は、黒いスーツに、赤いシャツ、黒いタイ、おかっぱ頭に口ひげ。とってもビビッド。レズさんの衣装デザイン生きている。そうそう、悪魔のつめはいつも黒いマニュキュアがぬられている。マシューは背の低いダンサーだけど、この長めのジャケットのスーツは、その小柄にも違和感がない。兵士と悪魔は、カードで賭けをはじめる。兵士は、どんどん賭けるお金をつりあげていくが、悪魔には勝てないで負け続ける。最後は、ウイルに’もっているもの全部’とあおられて、すべてを賭けに使ってしまう。そうしているうちに、悪魔が苦しみはじめる。激しく咳き込みながら床に倒れる悪魔に兵士が襲いかかる。これは、なぜ突然そうなったのかは、5回みたけどわからなかった。とにかく、悪魔が倒れて、ナレーターと兵士の二人でいじめるように悪魔をおさえつけ、きわめつけはトランプ(通常の5倍くらいの大きなトランプ)をおりまげて、口につっこんむ。そして、最後はバイオリンでつきさしてとどめをさす。トランプを口に押し込むのは、たしか初日にはなかった演出だ。あとで決まったのかもしれないけど、マシューお気の毒。
悪魔に勝ったかにみえた兵士は、ある国のお姫さまと王様に会いにいく。お姫さまが病気らしい。ウイルが王様もかねている。兵士は、軍隊のお医者様のふりをする。お姫様は、深刻な病気らしいが、どっちかというと精神的な病なのか、動きが妙だ。さっき、村の娘で切ない美しさをふりまいていたゼナイダさん、ここではコミカルだ。口をあんぐりあけて、王様に手で閉じられたり、兵士になぐられてぼーとなったり。そこで、兵士とお姫様の間に愛がめばえる。と、いうかお姫様が兵士を好きなって、王様にもいわれて兵士はお姫様をおしつけられたようにも見える。お姫様が兵士を恋して追いかけ、ふたりがカップルになっていくところの3人のダンスは、楽しげで、ちょっとおちゃらけている。そういえば、このお姫様のドレスはウエディングドレスみたいだ。
幸せに暮らしていけるかと思ったある日、お姫様が兵士にいう。’わたしは、あなたのことを何もしらないわ。あなたのことを教えて’。ゼナイダさんのせりふは、ここだけ。ゼナイダさんだけは、ほとんどの演技をダンスで表現していたのだ。
兵士は、自分のことを語りながら、ふたりで故郷をたずねることにし旅立つ。その途中で、また、今度は最強の裸の悪魔が現れる。この衣装、過激。これ、公共の場でいいんだろうか?下半身の毛むくじゃらな感じがとてもリアルなのだ。悪魔の動きは、今まで一番動物的だ。4つんばいになって、ステージの上段から下段へ移動する。ナレーター、兵士、お姫様でバイオリンを隠しながら、にげまわる。ここからは、4人のおっかけっこのようなバトルがくりひろげられる。が、悪魔がだんだん優勢になってきて、兵士はいつしか悪魔の動きにあやつられるようになっていく。そして、最後は悪魔に導かれるまま、火の中に自ら落ちていく。
今回も、またアダムにいい意味で期待を裏切られた。白鳥のあと、その影を追ってロンドンにきたときは、OYTのつきぬけるような笑顔とのびやかなダンスで、あまりに明るいアダムに出会った。今回は、そんなアダムの伸びやかなダンスをみられるのかと思っていたら、人間の負の部分につけこまれ、弱さをもてあそばれた疲れた兵士。かっこいいばかりのアダムを1週間ながめて堪能しようと思っていたが、今回はもっとアクター、パフォーマーとしてのアダムに出会ったような気がする。彼は、今、ダンサーの枠を超えた部分の可能性を追求したくてしょうがないのであろう。今回のこの舞台は、そんな彼の可能性を試すには絶好の機会であった。小さいながらも、しっかりした舞台セット、客席配置。一流の美術スタッフ。気心が知れ、厳選された売れっ子の仲間たち。少しづつ実力をつけはじめた振付家。みんなで、あっと驚くものをつくってやろうという気概がみてとれた。
この舞台は、マシューハートの怪演が誰の口にもまっさきにのぼるであろう。その影に隠れてしまったかのように思えるが、ゼナイダのコメディエンヌとしても魅力も忘れられない。そして、自然と演じていたからみすごしてしまいそうになるが、平凡で気弱な兵士の人間としての弱さや狡猾さを演じきっていったアダムは、ダンサーというよりアクターの領域だった。
こういう舞台は、おそらく本国以外ではやらないだろうし、できないと思う。たった1週間だけのこんなぜいたくな舞台を生むロンドンという街の文化の高さを感じた。そして、このぜいたくな一瞬、それもアダムの違った挑戦の瞬間に立ち会えたことを幸せに思う。願わくば、今度は、涙がかれるほど流れるような悲劇に挑戦してくれないものだろうか。
用語解説
リンバリー劇場:ロイヤルオペラハウス内にある小さい劇場。教育目的もあるらしい。マチネの日は、学生団体多し。
ウイルケンプ:Who?にのせるべきかも。マシュー版Swan Lakeでアダムと同じThe Swanを演じたことのある美青年。
Proverb、デュエット:どちらもウイリアムタケット振り付けのコンテンポラリー作品。アダムとゼナイダが踊っている。
レズさん:レズブラザーストーン。舞台美術の人。マシュー版Swan Lakeも彼の担当。
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