2005年8月7日 マチネ
東京芸術劇場(東京)
きみ:島田歌穂 上原看護婦長:土居裕子
滝軍曹:今拓哉 檜山上等兵:戸井勝海
この作品は、国産で、最初から最後まで歌だけのミュージカル座のオリジナルミュージカル再演版だ。ミュージカル座は、まだ設立10年目で歴史も浅く、自前のスター俳優はいないが、このようなしっかりした作品を丁寧に上演しつづけている集団らしい。
このミュージカルを観ようと思ったのは、毎度のごとく、○○さんを観たかったといういつもの動機である。今回は、レミコンで出会った戸井さんだ。彼は、もう今年のレミゼ本公演には出なかったし、その前の2作品は、ストレートプレーであった。ミュージカルで観たかったので、直近の作品といえば、この’ひめゆり’だった。戦争物はいやだわと思いつつも、島田歌穂さんも出るし、その前は本田美奈子もでたらしいし、それなりの作品なんでしょう。ま、よいわと軽い気持ちでチケット買ったのだ。ただ、テーマがなんだか重そうでどうかなという多少の懸念はあった。
大作でもない、大きなプロダクションの作品でもない、この作品を受けとめるのに、これほど受け取る側がしっかり立っていないといけないような思いをしたのは初めてだ。真夏に、脱水症状を起こしてしまうかと思うほど、涙が出てきた。それは、悲しい涙、感動の涙、くやしい涙、切ない涙、あらゆる種類の涙が、1幕半ばから止まらなかった。もう、途中でいやになるほどだった。劇場にきて、こんな気持ちを体験しなければいけないなんて。
物語は、学生の頃から、何度も読んだり、映画をみたりした、沖縄の女子学生の戦争体験’ひめゆり’部隊がベースだ。沖縄が、戦地となり、女子学生たちは、家族の元に帰ることを許されず、看護婦として戦場へ駆り出される。女子学生たちは、野戦病院で傷ついた兵士を目のあたりにして、初めて戦争の恐ろしさを知るが、逃げ出すことは許されない。もはや、沖縄は戦場そのものとなり、病院の維持もままならず、なんの援護も受けられないままそこを退場しなければならなくなる。捕虜になることも許されず、女子学生たちはしだいに追い詰められていく。その中で、出会ったナイチンゲールのように気高い上原婦長、祖国、ふるさとの地沖縄をいとおしみながらも、非人道的な狂気にむしばまれていく滝軍曹、数々戦火をくぐり自分の行いを悔やみながらも人としての尊さを思う傷ついた檜山上等兵、きみをはじめとする女子学生たちは、これらの人々と出会いながら、死と背中あわせの日常で生きることの意味をかみしめるのであった。
登場人物は、たくさんの女子学生だ。戦時下のふつうの女子学生が、どうにも避けられず戦火に飲み込まれて、友を思い、家族を思い、死ななければいけない、生きなければいけないその宿命が生生しく描かれていた。生きていたい、家族に会いたいというあたりまえのことが、かなわない。檜山上等兵が怒る。どうして、戦場にこんな女子学生がいるんだ。彼の怒りは理性的だ。そうだ、考えたら、おかしな話だ。もっとも戦場に関係なさそうな者たちが、最前線にいたなんて。人を殺した自分こそ、鬼畜だと彼は絶望する。戦争は、人を殺すことが正当だ。だが、その正当は、決して、人が人として持っている基準の中では、正当にはなりえない。いかなる理由があろうとも、人を殺すことは人の道に反していて、それを誰が許そうとも、自分の中では自分は無罪ではありえない。狂気の戦場にて、人間的であることが彼を苦しめる。彼の上官の滝軍曹は、自分の務めを全うしようとして、守るべき国民を射殺する。大義のため、国のため、彼の理性は狂気にかわる。彼は、沖縄で生まれ、その地でアメリカによって母を殺され、そんなアメリカから祖国を守りたいと願っての一心であったのだけれど。
敵の銃弾に倒れた女子学生は、言う。もう、わたしは助からないから、薬は兵隊さんにあげて。狂気の戦場にいて、この気高い心を支えるのは、彼女らの若さと純粋さだ。当たり前の、恐怖、生への執着心、ひとりひとりをとってみれば、弱いけれど、仲間に支えられ彼女らは強くのりきろうとする。そんな彼女らをいつも暖かく、強くつつみこむのが上原婦長だ。どんなときも、痛みをやわらげてあげようと傷ついた兵士をいたわり、女子学生たちには生きることの豊かさを説く。彼女が登場するだけで、心の糸が緩んで、そのやさしさに涙がとまらなかった。
物語をたどると、つらくなるばかりだ。だけど、このつらさは、ミスサイゴンで感じたような、いやあな気持ち悪さとは違う。戦争の実体験がない者として、しっかりとこの事実を受け止め、忘れてはいけないものを強く心に刻みつけられるような重さだ。この作品を観るためには、しっかりと自分の足でたって受け止める体力もって出かけねばならいようだ。大きな作品ではないけれど、こうして毎年、上演しつづけてメッセージを送ってほしいと思う。また、観るかどうかというとすぐには即答できない。
テーマの重みにばかり話がいってしまったが、作品のグレードもかなりよかったと思う。特に、主要人物は、島田歌穂をはじめ、きちんと大きな舞台で演じている人ばかりなので抜群の歌唱力と安定感が、若いミュージカル座の団員たちをひっぱっている。団員たちもよく鍛えられており、歌は皆上手だった。今回、初の土居裕子の存在感は島田歌穂にも劣っていない。出てくるだけで、観客の心すら解き放つ上原婦長は、この作品の救いの存在だ。滝軍曹の今さんは、エリザベートやレミゼで観たときよりも、印象強く、初めてしっくりきた役だなと思った。ただの非常な人でない、奥底に祖国への愛をひめた非道な人という憎いけどかわいそうな役が胸にしみた。戸井さんの舞台は初だ。わたしが彼に抱いていたイメージどおりのナイーブでやさしさをひめた憂いの人という役が期待どおりだった。暗闇に目だけがするどい光を放つ死にむかった兵士の切迫感と戦場の狂気の中、理性に苦しむ人間性と心に響くものがあった。また、観たいです、戸井さんの舞台。(と、突然素になる)
と、いうわけで、よい作品であったが、重かった。重すぎて、とてもとても疲れた。この思いは、書ききれない。戦争という狂気の中、大義のもとに、本当に弱い民衆が戦場に駆り出されたという事実を我々は忘れてはいけない。どうして、そんな非常なことが、あたりまえのように起こりえて、抵抗することすら許されず、誰もそれをとめられなかったのかを考えなければいけない。歴史を学ぶことの本当の意味はここにあると思うのだ。
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